だれが変えたのか | ナノ


誰がそれを変えたのか


 建設中のバトルタワーを見上げながら、物思いにふける初老の男が居た。
 彼は、ここセルビルシティの次期市長だった。このまま順調に工事が進めば、タワーの開設式で、彼はこの街の新市長としてスピーチをすることになるだろう。しかし、巨大なクレーンを見つめるその表情は、心なしか曇っているように見えた。

「変わるものなど、無いと思っていたが……」

 呟いた彼は、背後からの声に振り向き、にこりと微笑んだ。

「市長、こちらでしたか」
「おお、ミテイくんだったか。……おっと失礼、今日は女性なのだね」
「あっ気にしないでください、スミマセン」

 彼に声を掛けたのは、セルビルシティのジムリーダー、ミテイだった。とある事情により、日によって性別の変わるミテイだが、元々長身で細身であり、男女間で大した差はなかった。さらには声も低いため、瞬時に見分けるのは中々難しいのだった。

「タワーが出来たら、たくさんの人がセルビルに訪れるんでしょうね」
「そうだな。タワーの恩恵を受けようと、または観光都市化を狙って、レジャー施設や宿泊施設が競うように建てられるだろう」
「画期的ですね」
「セルビルシティに競るビル……むふっ」
「あ……アハハッ……」
「…………フムン、冗談はさて置き」

 混信の駄洒落が不発に終わった市長は気まずそうに帽子を被り直し、至って真面目な面持ちで話を戻した。

「まさか、この街がこのように大きく変わるとは、一体誰が予想しただろうか」
「……そうですね。もしかしたら、また新しい執筆者が現れたのかも知れません」
「うむ、なるほどな……この地方に、刺激が足りないと考える者が出ても、何らおかしくはない」

 本の中に存在する架空の地方、タリア。誰かがこの地方の存在を知り、タリア地方に関する本を書いたり、本のページを増やすことで、この地方は作られていく。
 また、タリアは存在を知れば誰でも自由に行き来できる地方であるため、一度タリアを訪れたことのある人物が、新たに地方に関する本を書き始めたり、内容を書き換えたりすることも珍しくはない。

 この工事が大規模であるにも係わらず驚異的な速さで進んでいるということは、おそらく、このタワーに関するページが既に何枚も書かれているということなのだろう。

「私がジムリーダーになってばかりの頃は、広いだけが取り柄の田舎町だったんですけどねー……」
「そうだな、ワシが初めてこの地方へ来たのは、どの位昔のことなのか、もう忘れてしまったが……ここまで大きく街が変わる様を見るのは、始めてかも知れないな、うむ」

 二人揃って、巨大なクレーンが資材を持ち上げる様子を見つめる。市長の言う通り、このタワー建設をきっかけに、今後たくさんのビルがこの街に立ち並ぶだろう。夜になっても明るい、一日中人で賑わう通りも増えるだろう。
 しかし一方で、セルビルの住民の中にこの発展を良く思っていない者が居ることも確かだった。実際、ホテル建設予定地となった居住区の住民が、他の街へ移ることになったケースも少なくはない。
 一時期は、執筆者の気紛れにより、一ヶ月の内に何度も四季が替わる街があった。その名残で今、その街は常春となっている。このように、執筆者の意思は、常に反映される。

「意外と、翻弄されるものだな」
「私も今、同じことを考えていましたよ」
「まあ、せっかくこんな面白い所に住んでいるんだ、楽しむ他は無いだろう」
「ふふ、住めば都、ですね」

 そのまま、休み無く続く工事を眺めていたが、少し風が強くなってきた頃、セルビルジムのトレーナーがミテイを呼ぶ声が聞こえた。

「もしかして、挑戦者さんですか。すぐ行きますね、スミマセン」
「んもー、リーダーなんだから、ちょっとはジカクとか、もってよね!」
「ということで、スミマセン、私はこれにて失礼いたしますね」

 モココのきぐるみに身を包んだ少女に手を引かれるミテイを、市長は微笑ましく思いながら見送った。
 街だけでなく、彼女も随分変わった様に見える。そして、自分もまた。

「まさか、見知らぬ土地で一からやり直すなどとは、あの時は思いもしなかったな」

 全てを諦め、何もかもを終わりにした自分は、今また、同じようなことを始めようとしている。なんて、おかしな話だろう。

 いや、自分が勝手に捨てた人生だ。誰かに拾われてまた同じ道を歩んだとしても、何もおかしいことはないのだろう。


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タリア地方の、少し前のおはなし。
まだセルビルが発展途上都市だった頃。


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