不結の日 | ナノ


不結(ふゆ)の日

 覚えたてのロッククライムを成功させたビーダルの背を降り、エイチ湖に辿り着いたアルカの目に映ったものは。
 ひんしの手持ちを庇うようにうずくまるアキラの姿と、それを見下ろすピンク頭のギンガ団幹部だった。ピンク頭のギンガ団は確か幹部で、ハクタイのビルで見た顔だが、名前が思い出せない。

「ちくしょう!ギンガ団めッ!!」
「ふぅーん、もう終わり?あなたのポケモンはまあまあでも、あなたが弱いのね。それでは湖のポケモンを助けるなんて、ムリな話」

 わざとらしく溜め息をついて、何も無い湖を見つめる。

「それにしても、ここ寒過ぎるわ。トバリのアジトに戻りましょ」

 興味無さげにくるりと振り返った鋭い眼孔と、アルカの金色の目がぶつかった。

「あら?あなた、確かハクタイで会ったわね」

 「いいこと?これからギンガ団は……」と語りだしたピンク頭の幹部をスルーして、アルカは項垂れるアキラの元へ駆け寄った。
 彼女に無視された幹部は、人の話はちゃんと聞きなさいよ、などと文句を垂れていたが、これ以上寒さに耐えられなくなったのか、では失礼、とその場を去っていった。

 雪の降る音が静かに響くエイチ湖には、ひんしのエンペルトを抱えたまま動かないアキラと、彼の背中を見つめるアルカの二人だけが残された。

「……そうだよ!ギンガ団相手に、何も出来なかったんだよ!」

 振り向かないまま、アキラは吐き捨てた。

「ユクシーとか呼ばれてたポケモンが、捕まえられるのを止められなかった。エンペルトも、ムクホークも、必死に戦ってくれたのに、オレがひんしにさせた……!」

 彼は動かない。

「何が最強のトレーナーだ!自分の手持ちすら守れないで」

 こちらを見ないアキラ。

「今の敵だって、アルカだったらきっと」
「アキラ」

 無性にじれったくなって思わず名前を呼ぶと、びくり、と彼の肩が揺れた。
 次の言葉を出すために肺に入れた空気は、ひんやりと冷たい。

「どうしてそんなに、自分を責める」

 返事はない。

「アキラは戦ったんだろ、そのポケモンを守るために。何も出来なかったかもしれないけど、何もしなかった訳じゃ、ないだろ」

 その言葉にゆっくりと頭を上げたアキラは湖を見つめたまま、でも、と小さく呟いた。

「アルカは負けたことないだろ。いつだって、守らなくちゃいけないものをちゃんと守って来た。どんどん強くなってさ、ギンガ団の奴らを何回もやっつけた」

 今度はアルカが黙る番だった。
 どんな言葉も、今は彼を追い詰めるような慰めにしかならないと思ったから。

「そういえば、旅の途中で何回かバトルしたけど、一回もお前には勝てなかったな。
 ……いつもアルカの前を走ってたつもりだったけど、ホントはとっくに追い越されて、隣に並んですらなかったんだな」

 それはちがう、と呟きかけた言葉は飲み込まれて、再び冷たい空気が喉を伝った。不器用な彼女は、上手に言葉を返せない。
 袖でぐしぐしと顔を拭ったアキラはエンペルトをボールに戻し、振り返らないまま言った。

「オレ、強くなる」

 自分に言い聞かせるように、約束するように。

「……勝ち負けとかそういうのじゃなくて、強くならないとダメなんだ。最強のトレーナーって、なりたいだけじゃダメなんだよ」

 地道な努力。そして、折れない強い心。
 そう付け加えて、アキラはやっとアルカの方を見た。しかし、アルカが何かを言う前に、彼は俯き、走ってエイチ湖を後にしてしまった。
 傍を通り抜ける瞬間、ゴメンな、と小さく聞こえた気がした。

 一人残されたアルカは、雪に残されたアキラの足跡を、じっと見つめて。
 先程は出せなかった言葉を、ぽつりと雪の上に零した。

「わたしは、アキラが前を走ってくれないと、だめだ」


 雪の音は、いつの間にか聞こえなくなっていた。



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自設定Pt主♀ライのおはなし。
タイトルは某曲から。


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