めっちゃ黒歴史なんだけど | ナノ




誰かさんの初恋のはなし

 好きだった。判らなかった。
 それは尊敬とか、家族への愛情に似たものではなくて、彼を一人の異性として愛してしまったと認識している脳を、どこへ放り出したらいいのか判らなかった。
 優しくて大きい、わたしを撫でる手が好き。レポートを纏めている時の真剣な目が好き。学会で研究発表をした会場で、壇上にあがる前に見せた、はにかんだ笑顔が、好き。好きで、好きで、好きでそれ以外の言葉がどれほど勉強しても見つからなかった。

 ついにそれらの好きの行き場所がなくなって、誰もいなくなった夕方の研究室で全てを伝えた。堰を切ったように、恥ずかしながら余裕も無く拙い言葉で、尊敬する博士としてではなく一人の男性として好意を抱いていること、亡くなった奥さんのことも10歳になる娘のことも判っていること、そして、助手としてではなく恋人として傍に居させて欲しいこと。
 博士は一言、君はまだ若い、と言った。

 静かな、それでもはっきりとした声はストンと心に落ち、それが普通の対応だと納得した。
 そして忘れようと思った。いつか笑い飛ばせる若気の至りだ、明日からまた、優秀な助手として成果を残そう。そういえば、調べかけの議題があった、それに没頭しよう。

 だけどそれでは駄目だった、私の気持ちは決して声に出してはいけないものだったと思い知らされた。博士の愛娘が、私の密白を聞いていた。知らなかった。
「パパにはママがいるんだもん! 死んじゃってても関係ないんだから! なんでママからパパとろうとするの!?ねぇなんで、なんでまだここにいるの!?」
 ああ、あの時どうして言葉に出したんだろう!私は愚か者だ、罵倒されても殴られても蹴られても当然の報いだそんなことより、とにかく私は目の前の少女へ謝罪を叫びたいのに、喉が動かない指一つ動かせないなんて情けない。私はなんて残酷なことをしてしまったのか。
 彼の一人娘が泣きながら拳を振り下ろしている、大切な人の大切な人を傷つけてしまった。悔しくて頬をつたい口に入ったそれはまずい。痛い。

 痛くて、痛い、何もしたくない。私は何を間違えましたか。いいえ、なにもかも間違えてしまいました。

 目が覚めたら隣に博士がいた。私の部屋まで来てくれたんだと思うと同時に、何故来てくれたのか判らない。ごめんなさいと言うと、旅に出なさいと言われた。研究で蓄えた知識を活かして、立派なトレーナーになりなさい。
 はい、わかりました、頑張ります、頑張って、立派なトレーナーになってみせます。だから、だから許して下さい。忘れて下さい。あの日研究所には誰もいませんでした。貴方しかいませんでした。

「わかった。あの日、研究所には僕しか居なかった。
 それと……辛い思いをさせてしまって、すまない……」


 そこから先は聞こえなかった。
 ただ、私の恋愛感情が、謝罪の対象になってしまったことだけ判った。判ったら、それ以上考える必要はないのです。おしまい。


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この後少女は、一匹のメリープを連れて研究所を後にする。
そして、二度と戻って来ることは無かった。



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