ルチさんの穏やかではない午後 | ナノ



ルチさんの穏やかではない午後

 昼下がりの穏やかな陽気が、診察室を包み込んでいた。
 この病院に勤めるナースであるルチは、心地よい静寂のなか、黙々と仕事に励んでいた。この報告をまとめ終われば、少し休憩をして、午後の検診。
 そんないつも通りの業務をこなす彼女の元に、一人のナースが駆け込んで来たのは突然のことだった。

「あらあら、そんなに慌ててどうしましたか、サツキさん」
「ルチさんルチさん、大変です!下の湖で、ギャラドスが暴れてるそうです!」

 彼女の報告によると、湖から飛び出した二匹のギャラドスが突然喧嘩を始めたらしい。
 野次馬の一人が病院に連絡し、怪我人が出た場合に備えてルチが呼ばれた、という訳だった。

「では、すぐに行きましょう。サツキさんは、わたしと一緒に湖へ。
 シンエくんは、ヒアさんに応援をお願いして来て下さい」

 みずタイプのエキスパートであるチュックジムのリーダー、ヒアならば、暴れるギャラドスの対処に最適であるというルチの判断だった。
 すぐに行ってきます!と走り去る若い医師を見送りながら、サツキは改めて感心していた。普段はおっとりとした印象が強い彼女だが、さすがは場数を踏んでいるだけあって、緊急時の判断能力には長けている。

「では、わたしたちも向かいましょうか」
「ロープウェイを使う余裕は無さそうですね。私のモルフォンならスピードが出ますが、どうしますか、ルチさん」
「ではサツキさん、モルフォン、お願いしますね」

 二人を乗せたモルフォンが湖畔に降り立つと、状況はあまり思わしくなかった。
 暴れるギャラドスの放ったみずでっぽうが、通りかかった女性に当たっていたのだ。

「軽度の脳震盪を起こしていますね。サツキさん、すぐにこの方を病院へ」
「はいっ分かりました!」

 待機していたモルフォンに指示をだし、サツキは患者を乗せて病院へ戻っていった。
 彼女を見送ったルチは、集まった野次馬たちに避難を呼びかけようと、ギャラドスの元へ急いだ。

「あれ、ルチさんじゃないですか!」
「来てくれたんですね!」

 温厚な性格に慈愛の精神、どんなときも笑顔を絶やさない、まさに白衣の天使。いや菩薩――
 そんな愛称で知られる彼女が現れたことで、緊迫した現場は少し和んだように見えた。誰もが、彼女ならば穏便に事を済ませてくれるに違いない、と安心した、その時。

 彼女の繰り出したアリアドスが、糸を吐き宙へ舞った。そして、

「アリアドス、『どくどく』。おねがいね?」



 悲痛な叫び声をあげながら二匹のギャラドスが湖へ戻っていくのを、野次馬たちはなんとも言えない気持ちで見ていた。
 普段の言動から忘れがちであるが、彼女もまた、このタンインシティの――強力な、ジムリーダーであった。

「ルチさん、ヒアさんをお連れしました!」
「来てくださってありがとうございます、ヒアさん。シンエくんも、ご苦労様です」
「遅くなってすまない、ルチ。ギャラドスたちはどこに?」

 ぞろぞろと帰っていく野次馬たちを見て、大事には至らなかったようだと、彼はほっと安堵の息を漏らした。

「湖へ戻ってしまいました……『どくどく』を使ったので、湖底で動けなくなっていると思います」
「分かった、ありがとう。ニョロトノ、ラプラス!彼らを引き上げてやってくれ」



 二匹が湖へ潜っている間、ヒアはふと思っていたことを口にした。

「しかし、どうして戦わなかったんだい?君の実力なら、戦闘不能にすることも出来ただろうに」
「いえ、わたしはただ、彼らを傷つけたくなかった……それだけなんです」
「……そうか。一番平和的な解決法を選んだ訳だ。ルチらしい、優しい判断だね」


(……平和的な解決法?優しい判断?あれが!?)

 後ろで二人の会話を聞いていた若い医師は、そう突っ込みたくても、どうしてだか、怖くて聞けなかったという。



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うまわに氏から、このお話のDBPパロ絵を頂きました。
多大なる感謝を。腹筋返せ!

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