トラブルメイカーと
いっしょ。
トラブルメイカーを具現化したらきっと吹雪になる。
亮は絶対的確信のもと、そうため息をついた。そして堪えきれず顔まで覆った。
普段変わらない表情から鉄火面!心までサイバー流!なんて野次が飛ぶこともあったが彼だって人間だ。
端正な顔を心からの呆れと疲れ、その他諸々のやりきれない気持ちで歪めているではないか。おお、痛わしい。
若きサイバー流皆伝者、また一年にしてアカデミアのカイザーとまで呼ばれた男が苦悶の表情を浮かべるのには訳があった。
一つは四方八方を取り囲み黄色い声を上げる女子生徒達。
そして二つ目はその取り巻きに惜しげもない愛情と笑顔をばらまいている天上院吹雪にである。
困り顔を浮かべて通してくれと言っても埒が開かない。むしろ歓声すら上がる。そしてそれを助長させるように吹雪がお得意のファンサービスをする。
亮は思った。心の底から思った。
なんだこの悪循環は、と。
彼は静かに拳を震わせたがそれに気付くものはいない。むしろ気づけ!と友を見るが今日も今日とて吹雪はお得意のポーズで周りを湧かせていた。
どうすることも出来ない体はあちらこちらに揺れる。女子達の思わぬ力強さに心身共に折れるのは時間の問題だった。
その辺の男子は羨ましい、と恨めしげにいうかもしれないがたまったものではない。
未だに定まらない体と黄色い歓声。
そろそろ亮の堪忍袋が弾け飛ぶのも時間の問題だ。
もう一度いう。
彼だって人間である。
―――――――
「いたいなあー。亮、殴ることないじゃない」
「お前が誰に愛想よくするのも勝手だが俺まで巻き込まれてはかなわん」
乱暴に掴まれている手に「いーたいー」と吹雪は文句を垂れたが、それにかちんときた亮によって余計に力を込めらる。ぎゃんと悲鳴をあげる吹雪などお構い無しに亮は自室に戻るべくずんずんと歩みを進めていった。
珍しいことに亮は腹を立てているのだ。
平素が起伏も何もないような亮にとって自身すら驚く不機嫌さである。
それに先ほど言った「お前が誰に愛想よくするのも勝手」というのは実はあまり思っていないことだ。むしろあまりという言葉には語弊であって、前言撤回を求める程に意に沿っていない発言なのである。
つまり亮の心のもやもやは犬畜生すら避けて通る所謂「嫉妬」というやつで。
端から見たら羨ましいことこの上ないのだが当人は至って真剣である。
「吹雪、お前はどうして騒ぎを広げる」
「だって亮!可愛い女の子が可愛いのもあるけど、波乱のないデュエルはつまらないだろう?人生もそれと同じさ!山あり谷あり恋ありハプニングあり!思いもよらぬ波乱があるからこそ楽しいんじゃないか!」
「……」
確かに。
吹雪のあまりの力説に押されかけた亮だったがそれでは納得がいかない。
なんとしても吹雪を肯定してはいけないのだ。それは亮の意地の問題もあるが、頷いた先にはまた調子に乗って平素通り台風の目になる吹雪が目に見えるからである。
亮は仕切り直すように咳払いをして話始めた。
「確かにお前の言うことには一利ある。しかし万が一に俺が他の女子と楽しげに笑いあっていたらどうする?」
「んー、そうだなあ。その彼女を応援してあげたいところだけど少しやきもきしてしまうだろうね」
だろうだろう、そうだろう。
亮は自分の伏せた罠に予想通りはまる吹雪に内心口角を上げた。
そしてここぞとばかりに魂を込めて熱弁する。
「それが分かるなら話は早い。俺としても吹雪が女子に囲まれているのは少し、つまらない」
亮は言い切ってから言い様のない恥ずかしさが身体中を駆け巡ったが致し方ない。これで吹雪の愚行も少しでも衰えるならこんな恥の一つや二つ。しかも聞いてるのは吹雪しかいないなら尚更気にすることではない。
吹雪も少しは申し訳そうにしているであろうと後ろを確認すれば、それより先に背中に衝撃が走った。
「…吹雪?」
どうやら抱きつかれたようだが「どうした?」と言えば更に力強く抱き締められる。
「亮、僕は猛烈に、凄絶に、心底嬉しいよ!君がそんなことを思ってくれてたなんて!」
だろうだろう、そうだろう。
吹雪のこういう素直なところが本当に可愛い。だがこの素直さが亮を不安にさせている要因でもあるのだが。ああ、しかし可愛い。
亮はこれで思惑通り吹雪が自重してくれるだろうとやりきった気持ちで微笑した。そう、この清々しさといったら完璧なデッキが完成した時のそれに似ているかもしれない。
亮は朗らかな気持ちで今後の学園生活への平穏を想像した。
二人静かに部屋でデュエルするのもよし、灯台の下、夕陽を眺めるのもよし。きっとなにをしていても平穏過ぎて心が安らぐに違いない。ああ、未来は薔薇色である。
「でも大丈夫だよ、亮!」
吹雪の明るい声に亮の身が固まった。
…心の安泰に陰りが出始めてるのは気のせいだろうか。
「だって僕の心は君だけのものだもの!ファンの生徒達には心がないと言わないけど絶対になびかないよ!モテモテな僕を気遣ってあんな言葉をかけてくれるなんて…ああ、なんて優しい亮、愛してるよ!」
「…吹雪」
違う、根本的に違う。
そんなことも言えずに確実に平穏とは真逆の方向に逆走し始めた二人を止めれるものはもういない。
「…本当にお前は波乱に波乱を呼ぶな」
トラブルメイカー兼台風の目兼波乱でもある彼に亮は平穏やら平凡やらという生ぬるい考えは破棄せざる終えなかった。もう諦め他道はない。
「人生は波乱なしじゃつまらないからね!亮の人生は落ち着くことなんてないよ」
ずっと一緒。
案にそう言われてるようで亮は今までの苦難や苦労が一気に馬鹿馬鹿しくなった。
ついでに吹雪が天性のトラブルメイカーだということを認めざる終えない。
結局のところ吹雪といる限り亮は常にハプニングに巻き込まれ続けるのだ。山あり、谷あり。時には想像を絶することすら待ち受けているかもしれない。
しかしそんなことを想像しても吹雪と離れる気にはならないのが不思議だ。
亮は愛すべきトラブルメイカーと惚れた弱みにため息をついた。
「…まあお前と一緒ならそんな人生も悪くないかもしれん」
ああ、平穏な学園生活が音を立てて逃げていく。しかし亮はそれを尻目に自嘲気味に笑った。
悲観の気持ちなどはない。
なんせ隣を見れば有意義な学園生活は手を握りしめて笑っているからだ。
眩しすぎて
見えない未来へ