弓張(能勢兄弟/久作→きり) | ナノ
いつになく沈んだ面持ちをした片割れの心の内が手に取るように分かった。これは血が繋がっているだとか半身だからという理由ではない。ただ単に、弟は分かりやすい性格をしていた。口を横一文字に結んだ気難しい顔は常のことだが、唇を噛み締めるように言葉を探している様子を受け、兄は薪をくべながら静かに待った。

いい変化だと嬉しく思う。十になるまで人との接触が少なく、感情の変化の乏しい弟を心配していたのは事実だった。忍術学園に入学し、短い間だが隣にいることで随分と和らいだその表情の変化は悪いものではない。自分やあの友人達の他に深く関わりあう人間が弟に出来たことを純粋に嬉しく思い、心に影を落とした寂しさを追いやる。これはいいことなんだと言い聞かせていると、ぱちぱち弾ける音にすら消されるほどの情けない声量で「つい気にかけちまうんだ」と弟は考えた結果、率直に告げた。

「放っておけばいいのにそれも出来なくて」
「ああ」
「どうしようもなく腹が立つんだ」
「ああ」
「見ない振りすればお前を思い出す」

おどけることは兄の専売特許のようなものだ。三郎次や左近に辟易され、「お前と話すのに骨が折れる」とよく言われたものだと懐かしむ。片割れと足して割ればちょうどいいことくらい当人達が一番よく知っている。だからこそ互いがいるのだと思っていることを心配していたのは四郎兵衛だった。面倒だろうけれど、体が二つに分かれてもどちらも能勢きゅうさくなのだから、名に縛られるのも致し方ない。名を共有し、血をわけているからこそ分かる変化を兄も噛み締め、いつになく穏やかに問いただす。

「それで?」

視線は交わさない。何が言いたいのか、口を開く前に悟ってしまうから。これは片割れに知ってもらいたいのではなく、自分の頭を整理して受け入れる為の作業だ。余計な手出しをしてはいけない。

「俺は、あいつとお前を重ねてるのかもしれない」

ようやく出た結論を無言で労う。自分が今どんな顔をしているのかを自覚しているので今度は兄が弟の顔を見ることが出来ない。思った以上の変化が嬉しく、喜びが大きいだけ出来た隙間が心寂しい。正反対の感情が作り出す渦に巻き込まれ、震える。今度は兄が受け入れる番だ。

「そういう部分も少なからずあるだろうさ。きっかけもそうかもしれない」
「ああ」
「でもな、理由はどうあれお前はそいつに惹かれてるんだろうよ」
「そういうものか?」
「そういうもんだ」

三郎次や左近が足してひとつだと言ったのも、四郎兵衛が心配していたのも、唐突に納得した。兄を思い出し重ねてしまうような人間だから惹かれたなんて依存しすぎているし、それを悪く思わない自分に心底呆れる。どちらか一方ならまだしも互いに執着していれば断てないし、断とうと考えてすらいないことが二人の抱える問題だ。

「……悪い」

それら全てを飲み込んだ上での謝罪だった。

「何で謝るんだ?」
「何で、笑ってるんだ?」
「俺はお前がそうやって普通にしてくれてるのが嬉しいんだよ」

兄の本音に弟は困った顔をする。育った環境に負い目があるのは分かるが、弟からすればそれが歯がゆい。そんなことを兄が気にする必要などないのだから。兄が人一倍の平凡な幸せを弟に望んでいるように、弟だって兄を思っている。だから離れられない。根本には常に互いがいるという前提でされている話に、本当に謝るべきは弟の好いた相手だと兄は心の奥深く謝罪し、その兄を見つめ弟は太い眉尻を下げて笑う。

平凡など自分達に最も縁ないことだと、この兄弟は齢十一にして知っていた。

「お前がいれば、それでいい」

この半身がいなくては生きていけないことも、痛いくらいに知っていた。