煙管(左近と久作/四年) | ナノ
角張って膨らんだ懐に、左近は一つ心当たりがあった。以前に一度、久作の前で嗜んだそれをまさか自ら買い求めてくるとは思わなかったが、自分達の中で他に手を出すなら久作だろう、とも思っていた。
「随分奮発したな」
木箱の中のそれは左近の持っているものの様に華美な装飾はひとつもなく、雁首はくすんだ金属だったが彫刻は繊細で羅宇部分の竹とが良かった。滑らかな表面と落ち着いた色味は久作らしい。
「もらえるか?」
「そこに座れよ」
左近が一人でいるこの間を選んできた友人を追い返すはずもなく、誰もいない保健室に招き入れた。薬棚とはまた違う、隣の小さい棚の二重底を外し、隠しておいた葉を出した。二人で分け合い、しばし呑む。同じ空気を吸い、煙草を呑み、煙が交わる。たったそれだけで良かった。他に何を言うのでもなく、ただ向かい合って座っていた。
「それ、どうした?」
結構値がしただろうと聞けば、「お前らより稼いでいたからな」と不敵に笑う。そんなものの為に稼いだのではないだろうに、と左近は一旦口から雁首を離した。
「余計な真似をしたな」
「お前が好んでいなくても、いずれ手は出しただろうさ」
「そうまでして、か?」
生真面目な久作が何となしに手を出すはずもない。三禁、と言われているが、普段の鬱憤を晴らす方法はいくらでもある。酒と色はそのうち誰もが通る道であり、左近や久作を始め同輩の二人も下級生の頃から経験を澄ましていた。酒は長期休暇で家に帰った後こっそりと持ち帰ったり、任務のついでにくすねてきた。色に関しては学園の教育の一環としてくのいちを抱いたこともあれば友人と交わしたことも、街で女に声をかけたことも先輩や後輩と寝たこともある。それこそ数えていられない。それほどまでに抜け道を知っている人間が、今更煙草に手を出す必要もないんじゃないかと左近は言うが、久作は静かに首を横に振った。
「あぁ、ついに恋仲になったのか」
久作が後輩と懇意であるのは誰もが知っていた。幼い恋心は拙く、隠れはしない。けれど、それを見事に行き過ぎない信頼関係で誤魔化してはいた。いつ本懐を遂げるのかと見守っていた者としては恋仲になったことは喜ばしい。だからこそ、他に道が必要になったとは酷い矛盾だ。だが久作は左近の考えを否定した。おそらく近いうちにそうなるだろうが、と濁す久作があまりにもらしくて左近は咄嗟に揶揄出来なかった。
「お前は生真面目で頭が固くて潔癖すぎる」
「言われるまでもないさ」
「何だ、自覚はあったのか」
「こればかりはどうしようもないだろう」
「おまけに不器用ときた。救いようがないな」
「放っておけ」
恋仲になれば今まで通りに遊べなくはなる。男だから、の理由で女を買うことは出来るが久作の性格からしておそらくしないだろう。任務やそれに伴う工作の中での色事はともかく、普段からの遊びは制限することは想像に容易い。これまでが遊び過ぎたのもあるが、きっと口の割れることのない同級三人としか関係は続けないはずだ。それを差し引いても持て余す葛藤を煙草と共に呑むのは賢いとは思えないが、それも久作だから仕方ない。
「悪かったな」
「気にするな。これからも入り用の時は僕に言え。都合をつけてやる」
目礼をした久作が立ちあがるのを、左近はその袖を引き止め、再び視線を寄越す久作に「どちらが欲しい?」と持ちかける。だが左近が言いだす事に大よその見当がついていたらしく、驚くことはない。
「今日はもういい」
そう言って左近の手を振り払う久作に、左近はどこか詰まらないものを感じた。しかし、それでも更に一つ増えた自分達の秘め事に、まだしばらく関係は続くのだろうな、と静かに見送った。