天戸(能勢きり) | ナノ
天戸の二年次、能勢→きり版
このお話の細かい内容は他の話に続きますので分からない所が多いかもしれませんがご了承ください
「うちのヒルメがまた岩戸に隠れたじゃないかどうしてくれんだ」
わざと足音を立て、ただならぬ気を放ちながら訪ねてきた保健委員は大層御立腹だった。保健室で見かける「また怪我したのか、懲りないなぁお前も」とどこか諦めたような、呆れたような、そんな感じに小言を言うのと真反対な声には、怒気というよりも俺の隣にいた乱太郎が一歩後ろに下がるくらいの殺意が混じっていた。
「せめて皇大御神(すめおおみかみ)って言ってやれ」
「例えなんだから分かればいいんだよ」
「ねえ、それどう違うの?」
「お前はもっと勉強しような、四郎兵衛」
それを追いかける様に煩いのが来た。俺ら一年にしょっちゅうちょっかいを出してくる一つ上の先輩が三人揃ってお出ましで、それだけでぞっとする。俺とこの人達は直接的な接点はないはずだけれど、一人を介せばとても近くなる。出来ればそれは切り離しておいてほしいが、そうは問屋が卸してくれない。
「なんでそれを俺に言うんです?」
「お前が原因だからだろうが」
ぴしゃりと間をおかずに断言した川西先輩は呆気にとられる俺を無視して乱太郎に「おい、こいつ借りてくぞ。点呼までに戻らなかったらそれはこいつの生命力がなかったってことだから」とか恐ろしいことを平然と言っていて、乱太郎も大人しく「分かりました」とか答えているあたり保健委員の上下関係が垣間見えて寒気がした。
首を掴まれ、半ば引き摺る様に連れて行かれている道すがら、出くわした金吾も伊助も無言の二年の威圧に負けて何も言ってこなかった。何なんだ。目の当たりにした予想外な一面に驚いていると目的地であるこの人達の自室に投げ込まれた。
「おい、あいつに何したんだ?」
あいつ、ヒルメ、皇大御神。それは間違いなく俺とこの三人を介する先輩のことだろう。岩戸に籠る、の意味もなんとなく分かる。分かってしまうのだ、あの人とはそれなりの付き合いがあるのだから。だが身に覚えのないことで問い詰められてもこっちだって困る。けれど俺の正面で膝を立てた川西先輩の目は恐ろしいくらいに座っていて、直視する事が出来ない。その後ろに胡坐をかいた池田先輩、扉に凭れかかった時友先輩が控え、俺に逃げ場があるはずもなく大人しくするしかなかった。
「だから知りませんってば!」
「俺達でも勉強のことでもなかったら残りは委員会のことくらいしかねえだろ」
しらばっくれんな、さっさと白状しろ、お前以外にいないんだからと暗に言われる。俺は本当に知らない。このまま行けば本気でこの人達に殺されかねない、と身の危険を感じて身ぶり手ぶり、必死に訴えた。が、それが通用するはずもない。
「あの、久作先輩、図書室にいるんですか?」
「放課後から閉館までずうっとね」
「あいつのここ数日間で読破した冊数、えげつないぞ」
川西先輩よりも落ち着いている時友先輩と池田先輩が答えてくれた。共通する人物、こと能勢久作先輩は本の虫だ。知識の吸収に余念がなく、勤勉な性格も後押しして図書室の常連に名を連ねている。そして当番でもないのに手伝ってくれるのだから、俺としては頭が上がらない。久作先輩は手を貸すのではなく、文字通り口を出す。俺ら一年がまだ分かっていないことや覚えきれていないことを説明し、仕事は俺らに任せて覚えさせる。楽をさせてもらって仕事を覚えられなかったら元も子もない。そのあたり、先輩は上手かった。おそらく、この三人よりは余程優しい先輩なんじゃないか、とここに連行された時を思い返す。
やっぱりそうか、と納得する俺を不審がる先輩達に、昨日も図書室にいたことと、最近貸出票にやたらと久作先輩の名前があることを言った。
「何があったか聞きたいのはこっちの方ですよ」
熱中すれば目の前のことしか見えなくなる先輩は図書室を閉める時間になっても気付かない時の方が多い。すごい集中だなぁと感心すると同時に大丈夫かと気にしてしまうのも当然で、とうに度を超えた現状を心配したのはこっちの方だ。おかしなことは言ってないがこの人達からすれば意外だったらしく、さっきまでの剣呑な雰囲気は嘘のようになくなった。
「……どう思う?」
「たぶん考えてることは同じだよ」
「笑えねえ。結局骨折り損のくたびれ儲けかよ」
儲けの一言に思わず反応した俺を「あー、もういいからお前」と池田先輩がぞんざいに扱ったが、言葉に棘はなかった。
「阿呆らしくてやってられないんだけど」
「俺、もう今度から関わらないことにする」
「僕も」
「うーん、無理だと思うよ?」
気が抜けて脱力した先輩達には悪いが俺にはちっとも状況が理解出来ない。目の前の展開を黙って傍観していると、最終的に「久作を一発殴らないと気が済まない」とか物騒なことを言った川西先輩の一言で纏まっていた。この人達ってよく分からねえ。
「何騒いでんだ?廊下まで丸聞こえだったぞ」
「あ、久作先輩」
もう帰っていいすか、と切り出そうとした時、新書を片手に久作先輩が戻ってきた。また本っすか、好きですねぇとこの騒ぎの原因でもあるこの人を見ると、先輩達が投げ槍に吐き捨てた。
「ほら、あっさり岩戸から出てきやがった」
「やっぱ原因こいつかよ」
「これから大変だねぇ」
久しぶりに息巻いたら疲れた、腹減った食堂行こう、と何事もなかった様にわらわらと出ていった先輩達に取り残され、俺と同じくよく分かっていない久作先輩と二人、首を傾げた。
「……なんだあいつら?」
「さぁ……?」