神宮寺と聖川 | ナノ


青い色が目に焼き付いて離れない。海の色だ。空の色だ。いつかの光の色だ。たとえば、俺が密やかに抱いている想いは、それらの青に飲まれて消えてしまうのだろう。それほどに強い、劣情だった。
歯切れの良い言葉を並べては、そいつの瞳に映る大勢の貴婦人に愛を振り撒いている。何を満たしたいのかは、俺には分からない。きっと自分でも気付いていないのだ。いくら同じ部屋にいても、神宮寺はちっとも俺に視線をやらない。名を呼んでもまるで効果がない。神宮寺の側の領域に足を踏み入れるのは怖かった。何かを壊してしまいそうで、そして自分の中の何かに飲まれてしまいそうで。その何かを俺は分かりたくない。
すとん、と小気味良い音がしんとした室内に響く。ダーツの音だ。ちらりと横目で見ると、真ん中には当たっていないようだった。
「やりたいのか?」
「全然」
手元の本に視線を戻す。どうせ、アイツはこちらを見ない。俺はお前の誘いには簡単に乗らない、お前がいつも誑かしているものとは違うのだから。また一つ矢が刺さった。やはり、中心からは程遠い。

一日の授業が終わり、部屋に帰ろうと階段を下りていたところ、偶然に神宮寺の姿を見かけた。傍らには当たり前のように女生徒がいる。日常的だ、と思いつつも何故だか目を離せなかった。アイツの透き通るような水色の目は、今は相手の目しか見ていない。俺は、もしあの瞳を独占するためだったら、今この階段から落ちたってかまわないのだ。いっそ、なにもかも神宮寺の所為にして体を投げ出してしまったら、よかった。もっとずっと前からそうしていたら、よかった。ひどく頭が痛い。お前が俺をすきになったら、よかったのに。
音楽を聴いてはいないのに、頭の中ではしきりに曲が流れ続けている。それは、いつか自分が弾いたピアノの曲だったり、神宮寺の吹くサックスの音だったりした。耳障りだと思いつつも、どうしようもない。机に向かっている神宮寺はどうやら詞を書いているようだった。
「俺は青い色が嫌いだ」
「それは、暗に自分が嫌いだって言ってるのか?」
「そうかもしれん」
自嘲のつもりで息を吐き出した。途切れた会話を紡ぐ言葉はない。しばらくして、神宮寺がこちらを振り返った。薄い青の色彩が俺を映している。この部屋は静かなのに、頭の中ではひっきりなしに旋律が流れてしまう。神宮寺に、自分の落ち着かない心を見透かされているようで、ひどく混乱した。やめろ、と呟いたが神宮寺はこちらを見ることをやめない。寧ろ近寄ってきた。どうしたらいい、呼吸の仕方さえ忘れてしまいそうだ。瞳がどうして?と尋ねている。
「なあ聖川。お前はどうしようもない奴だよ。俺なんかをすきになって」
「違う、」
「悲しいから青色が嫌いなんだろ。俺の目に映った全て、うすら青く染まるから嫌になる」
屈折してるねえ、と茶化すかのように嘯いた。俺は凍えた心地がした。神宮寺は、なにもかも見抜いている。自分の深いところも丸見えで、しかし見ない素振りをして今まで過ごしていたのだ。俺はお前のことがすきだという大勢の内の一人にはなりたくない。悲しみの色が青だというのなら、お前も俺も、いつでも悲しんでいることになる。お前のその悲しみがどこへ向かっているのかは知らない。俺の悲しみは中に留まって消えることはない。どうしようもないだなんてとっくに知っている。なあ、真っ青な海で溺れ死んでしまえたら。重い体は深く沈めて、全部無かったことにしてしまいたかったよ。


ベリーブルー
utpr 神宮寺と聖川
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -