小説

沖田と永倉 1

炬燵と一体化することを、かたつむりと掛けて「こたつむり」と呼ぶ。沖田は今まさに、その「こたつむり」と化していた。
数時間前に陽が落ちた外では、今季初となる雪が降っていた。小さな雪の結晶が、ガラス窓に張り付き、刹那の早さで溶けていく。沖田は炬燵の中に潜り込み、頭と肩だけを出して雑誌を読んでいた。時折、封を開けたスナック菓子に手を伸ばし、ぱりぽりと小さな音を出しながら頁をめくる。
炬燵を考えた者は天才だ。天人が持ってきた技術かと思えば、実は、遥か昔の室町時代からあったという。床より下げた囲炉裏の上に櫓を組み、布団を掛けるという謂わば、掘り炬燵のようなものだったらしい。
先人が考えた最高の暖房器具に包まれていると、睡魔が襲ってきた。今、真選組は忙しい。冬真っ盛りの寒い中、ある攘夷組織が活発に動いていた。戦国時代の武将でも、冬は寒さで士気が下がる為に、進軍は控えていたというのに、全く御苦労な事である。今日の昼勤の時も、何処ぞの浪士が、恨み言を喚きながら斬り掛かってきた。勿論、返り討ちにしたのだが。
よって沖田は疲れていた。雑誌を閉じ、このまま寝てしまおうと、傍にあった座布団を手繰り寄せ、枕にして目を閉じた。夕飯は食べたし、風呂も入った。このまま朝まで寝ていても問題はない。あるとすれば、ここは自室ではなく、副長室だということだ。



日暮れと共に降り出した雪が、中庭にうっすらとした雪化粧を作り始めていた。
寒い。永倉は防寒具に身を纏い、肩を窄めながら縁側を歩いていた。何故、部屋から部屋へ移動するのに、一々体を外気に晒さなければならないのか。長年住み慣れた屋敷に嫌気が差すほど、永倉は寒さが苦手だった。
今朝、天気予報で「今年一番の寒波がやってくるでしょう」と言っていたので、覚悟はしていたのだが寒いものは寒い。早く報告書を提出して自室にこもろうと足早に副長室へ向かう。
副長室の襖から明かりがもれていた。土方は今、活発化している攘夷組織の情報を集める為に、連日夜遅くまで外出している。故に、不在の時が多いのだが今日は戻ってきているようだ。
永倉は襖をノックし、入室の確認の言葉を掛けた……が、中から返事がない。聞こえなかったのだろうかと再度、声を掛けてみるも結果は同じだった。
寒風に晒された体が、ぶるりと震えた瞬間、永倉は副長室の襖を開けていた。暖かい空気が体を包み込み、凍っていた身が徐々に溶けていく。
暖房をつけたまま、という事は、部屋の主は直に戻ってくると思われる。待つのもなんだしなぁ、と思いながら、ふと炬燵を見ると亜麻色の頭が見えた。

「…」

炬燵で沖田が寝ていた。珍しくアイマスクをしないで、ぐっすりと眠り込んでいる。

「沖田、炬燵で寝たら風邪引くぞ」

いや、そもそもここは副長室であって沖田の部屋ではない。何故、コイツは堂々と副長室で寝ているのだ。永倉は沖田の肩を揺するが、少し身動ぎしただけで目を覚まさない。
深い眠りにつく沖田の傍には、食べかけの菓子袋に空のペットボトル、閉じられた雑誌があった。炬燵の上には一番隊の報告書がある。これらの事から察するに、沖田は報告書を提出しに来たが、土方はおらず、そのまま副長室を占拠したのだろう。
寒風と粉雪が吹き荒れる中、歩いて自室に戻りたくない気持ちは良く分かる。しかし、このまま放っておくわけにはいかない。炬燵で寝ると、体温調節がうまくできずに風邪を引くと昔から言われているのだ。何よりもここは副長室。

「おい、おき」
「うるさいチビ」

沖田の体を揺すっていた永倉の動きが止まる。ひきつった顔に、立派な青筋が浮かんだ。
永倉は無言で立ち上がり、一番隊の報告書の上に二番隊の報告書を置く。もう知るか、と勢いよく襖を開けたが、冷たい風が暖まった体に刺さり、元から小柄な体が更に縮まった。
雪が強くなっていた。



いつもと違った天井、仄かに漂う紫煙のにおい。沖田はしばらくぼーっと天井を見ていたが、喉の渇きを覚え、手探りでペットボトル飲料を探す。あったと思えば空だった。ボリボリと頭を掻きながら上半身を起こすと眩暈がした。顔をしかめつつ、時計を見ると日が変わる直前だった。
なのに、土方はいなかった。寝ている時、誰かに声を掛けられたような気がするのだが、と首を傾げる。もしかしたら、一度、土方は帰ってきていたのかもしれない。沖田は欠伸をしながら炬燵から出た。
立ち上がるとまた視界が揺らいだ。顔が暑い。食堂で水でも飲んでから、自分の部屋で寝ようと襖を空けた。冷たい風が吹き、火照った体には心地良かった。
雪は止んでいた。


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