小説 1

五月五日1

(土ミツ・武州)


「プレゼント?」
「はい、どうしようかと…」

朝稽古後、褌一丁で体を拭いていた近藤は突然ミツバから相談を持ち掛けられる。
もうすぐ土方の誕生日だからプレゼントを渡したい、何が一番喜ぶだろうかという内容だった。

「ミツバ殿からの贈り物なら何でも喜ぶと思いますよ」
「でも…去年十四郎さんにプレゼントを渡した時は無表情だったんです…気に入られなかったのかな、と思って…」

そう言いミツバは眉尻を下げ、頬に手を当てながら息をつく。そんな彼女を見て近藤はガハハと豪快に笑った。

「アイツは表情の変化が乏しい奴ですからね。それで心情を読むのは至難の技ですよ。ちなみに何を渡したんです?」
「手作りのシュークリームを」
「ほぉ!」
「タバスコクリームを入れたんです。総ちゃんが私の好きな物が嫌いな筈はないからって」
「ほぉ…」

乏しい表情でもどんな心情だったのか容易に想像できた。近藤の口から先程とは打って変わって乾いた笑いが出てくる。

「こ、今年は止めた方が宜しいかと」
「あら、やっぱりそうですか…甘いものはダメなのかしら…」
「あ、甘いィィ?!」

そこへ突如、桶が飛んできて近藤の頭にスコーンと良い音を出してぶつかる。「あ痛ッ!」と悲鳴を上げ頭をさする近藤とそれを見て目を丸くしているミツバの元へ亜麻色の髪の少年が早歩きでやって来た。ミツバはそれに気付き微笑む。

「総ちゃん」
「近藤さん、姉上の前で褌一丁は止めて下さいとあれ程言っているではないですか」

近藤を見上げ不機嫌そうに口をへの字に曲げる総悟をミツバは困ったように見つめた。

「総ちゃん、私が勝手にお邪魔したのよ」
「姉上の目に毒です。さっ、部屋に入ってお茶でも」

総悟はミツバの着物の裾をひっぱり部屋の中を指差す。

「あらら…ちょっと総ちゃん」

姉弟が部屋の中へ入っていく光景を近藤は微笑ましく感じ自然と口元から笑みがこぼれた。

「総悟は本当にミツバ殿が好きなんだなぁ」
「トシさんの誕生日ってもうすぐなんですか?」

小柄な青年が竹刀を肩に担ぎ近藤の元へ歩み寄ってきた。竹刀を木に立て掛け布を取り出す。

「あぁ、五日だ」
「へぇ。マヨネーズで良いと思いますけどね」
「どこから聞いていたんだ。永倉は盗み聞きが好きだなー」
「い、いや、たまたまですね…」

永倉は顔を歪め苦笑しながら桶に張った水に布を浸した。

「ミツバ殿にとってはそんな普通の贈り物ではダメみたいだな」

近藤は褌一丁仁王立ちでガハハと笑った。永倉は意味が分からず不思議そうに首を傾げ、布を絞りそれで顔を拭く。ふと「あ」と声を出し近藤を見上げた。

「その格好で外に出ないで下さいね。源さんが困ってましたよ、道場の面目がどうのこうのって」
「ハハ…ハ、ハ…」

近藤の大きな笑い声が途切れ途切れになり小さくなっていく。縁側でミツバが「近藤さん達もどうぞ」とお茶と菓子が乗ったお盆を置いていた。







「トシさんに?」
「はい、原田さんならよく一緒に呑みに行っているので…分かるかなぁ、と」

近藤と同じ質問をしたミツバに原田はうーん、と唸り考える。

「…マヨネーズしか思い付かない」
「五日か…確か野試合があったような」

原田の隣に居た井上が眉間に皺を寄せ呟く。

「え?そうなの?聞いてないぜ」

目を丸くする原田を見て井上は眉間の皺をより一層深くした。

「…確認してこよう」

立ち上がり近藤がいる縁側へと去っていく井上の背中を見ながら原田は茶をひと飲みした。そして頬杖をつき、ミツバの方を見る。

「いっそのこと本人に聞いちゃえば?何がほしいかって」
「…それは…その…」

ミツバは言葉を濁らせ俯いた。肌白い頬がうっすらと赤くなる。

「吃驚…させたい…その、えっと」

そんなミツバを見て原田は目を大きく開け数回瞬きをした。何故か相談されている原田自身まで恥ずかしくなり頬をポリポリと掻く。数秒天井を見つめ考え込み「あ」と、何か思い付いたように声を出した。

「こういうのはどうだ?」
「え、何?」

原田はミツバに内容を話す前に弟がいないかキョロキョロと辺りを見渡した。そして身を乗り出すミツバに話し始める。

縁側から近藤の「忘れてたァァ!!!」という叫び声が聞こえてきた。




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