小説 2

月下の剣戟 1

冴え渡る月明が路上に転がる小石を浮き上がらせる。古い長屋が連なり、青白い光が瓦屋根を濡らしていた。
明かりのない常夜灯が寂れた集落を物語る。攘夷浪士の隠れ里とも云われる其処へ、真選組の剣豪達が攻め込んだ。
満月がたくさんの閃きを捉える。剣戟の響きが鳴り渡り、多数の喚き声と断末魔の叫びが月夜を裂いた。

「裏!!」

空屋敷から土方の叫声がした。裏手で刀を振っていた沖田は、倒れかかってきた敵を押し退けて走る。土壁が見えた瞬間、蹴破られた格子窓から、男が抜き身を振りかざして飛び出してきた。雄叫びを上げ、般若のような形相で斬り込んでくる。沖田は敵の刀を峰で弾き、返し刀で横面を打った。骨が割れ、眼球が飛び出す。噴き出した血が幹竹を赤く染めた。
息つく間もなく、新たな敵が襲い掛かってきた。大きく開いた男の口から獣のような咆哮が迸る。袈裟に斬りおろしてきた刀を打ち払い、勢いのある刃筋を走らせた。

周りの建物全てが敵の住処。増援は留めなく続く。一方の真選組側は少数精鋭。選りすぐりの剣士達が戦場に出向いていた。
敵の巣窟に何故、少数で攻め込むことになったのか。同じ日に幕府の官吏の会談があった。その警備に真選組が任されたのである。謀反を企てている一団を突き止めた矢先の事だった。会談が行われている時に、敵の住処を抑えれば、まず攻め込まれる事はない。武田が警備の指揮をし、土方が討ち入りの指揮をする。多数の平隊士は武田につき、武田以外の幹部と剣の腕が冴えた平隊士数名が土方についた。だが、多勢に無勢となる可能性がないとは言い切れない。近藤は土方の反対を押し切り、幕府に援軍を頼んだ。上層部は了承し、後から幕府勢の援兵が来る事になった。
頭上でけたたましい音が鳴る。血達磨になった浪士が転がり落ちてきた。体を波打たせて悶絶する腹に、屋根上から降ってきた刀刃が突き刺さる。共に裏を守る原田が肩を揺らしていた。

「臆病風に吹かれたか。全くもって音沙汰ねぇな」

抜いた刀を振り払う。血に濡れた腕の衣服が大きく斬り裂かれていた。
沖田は鼻で笑い飛ばす。援兵を寄越す筈の幕府の事だとすぐに分かった。

「提灯揺らすだけのクズ共が来ても邪魔なだけでィ」

原田の口元が緩む。振り向き様に刀を払い、刃鳴りと共に背後の敵を打つ。白目を向いた敵は、無様に片足を投げ出しながら、濁る池の中へ落ちていった。
一階の屋根を覆い尽くす程に繁った庭木が敵の姿を隠す。沖田は躍りでた黒影を斬り上げ、横合いから飛び出してきた刃を打ち落とし、はね上げた刃で逆袈裟に見舞う。真横で浪士が血潮をあげて倒れ込んだ。原田がその上を飛び越え、継ぎ足を前へ滑らせて、沖田の背後にいた男の胸を突く。

「あんな戯れ言、信じてるのは局長だけだぜ」

雨戸がへし折られ、浪士が飛び出してきた。振り上げられた刀が唸りをあげる前に、沖田と原田の剣尖が浪士の体を貫く。

「来たら来たでお手当が減っちまうじゃねぇか。俺らだけでやっちまおうぜ」

沖田の刀が抜かれると鮮血が棒状に噴き出し、なまぐさいにおいが濃く広がった。原田はくし刺しにした敵を宙に投げ飛ばす。

「あぁ、後から来て手柄を横取りされるのも癪だ。こいつぁ気合い入れんとな」

原田は大きな拳で沖田の肩を小突き、二カリと歯を見せる。
提灯の光が群をなして近付いてきた。幕府兵ではない。更なる敵が一団となって襲い掛かってきた。


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