小説 2

金環日食

(近、土、沖、山、原)


日食とは、太陽が月に隠される現象。太陽の前を月が横切ることによって起こる。
太陽のほうが月より大きく見えるため、月のまわりから太陽がはみ出して見える日食のことを金環日食といった。

「太陽光線で焦がされたくなかったら裸眼で見ちゃあダメだぞぉ!!この日食観察グラスを使え!!」

近藤が高々と掲げる手には、変わった形をした眼鏡のような物があった。傍では沖田が日食観察グラスを掛けて空を見上げている。

「おぉー、神秘的でさァ」

沖田だけではない。周りでは隊士達が皆一様に、おかしな眼鏡を掛けて空を見上げていた。原田、永倉、藤堂の階段トリオなどは屯所の屋根上で日食を観察をしている。


一方、土方は一人、縁側に立っていた。手には日食観察グラスではなく煙草。広庭で凄いやら綺麗やら感嘆の声をもらす隊士達。朝の勤務前とはいえ、警察らしかぬ光景だ。

「くだらないって顔に書いてます」

突如、横から話し掛けられる。振り向けば山崎が立っていた。彼も観察していたようで、手には例の眼鏡を持っている。

「ガキか」
「宇宙が身近に感じられて良いですよ」
「今の時代、宇宙なんて福引きの景品で行けるじゃねーか」

土方は再び前方を見据えて、溜め息を吐いた。
一人二人と、天文ショーに満足した隊士達が、屯所内に入っていく。近藤と話していた沖田が土方に気付き、あからさまに顔を歪めて嫌悪感を示した。

「うわ、何。日食なんて興味ない俺格好いい気取りですかィ?」
「何だとコラ」

こめかみに青筋を浮かべる土方に向かって日食観察グラスが飛んできた。思わず掴み取り、飛んできた方を見遣ると、近藤が歯を見せて笑う姿があった。

「トシも見ろ!綺麗だぞ!心が洗われるようだ!」

この大将は、今日の金環日食のためにと、数ヶ月前から隊士全員分の日食観察グラスを買い込んでいた。

「土方さんの荒んだ心も浄化されますぜィ。あ、虫眼鏡で見たら焼かれて効果的かも」

沖田は何処からともなく取り出した虫眼鏡を差し出した。土方の顔がひきつり出す。

「お前はその真っ黒な心を洗浄しろ」
「あ!!金色の輪の中にマヨネーズが!!」
「何ぃ?!」

沖田の言葉に土方は、素早く眼鏡を掛けて空を見上げた。そのまま、数秒動きを止める。
太陽の中央部分のみが月に隠され、太陽光がリング状に見える。金環日食、沖田の言葉通り「金色の輪」だ。

「…」

マヨネーズの姿はない。その法螺についての文句を言うことも忘れ、土方は空を見上げていた。頭上の軒が僅かに揺れ、地面が鳴る。デジタルカメラを持った原田が満面の笑みで立っていた。

「綺麗に撮れた!お、山崎。ほら見ろよ、次の合コンのネタばっちりだぜ!」

「ほらほら」と、意気揚々と山崎にカメラを見せる。

「へぇ…うまく撮れてる」
「だろ?だろ?!」
「ちょっと貸して」

横から沖田が原田のカメラを奪い取る。そして、未だ眼鏡を掛けて空を見上げている土方に向かってシャッターを押した。
機械音とフラッシュの光に、土方が我に返ったと同時に、沖田は原田にカメラを返した。

「サンキュ」
「総悟…何をした」

土方は眼鏡を外して沖田を見る。

「ん、童心に返った鬼の副長の姿を写真におさめただけでさァ。今度の広報に載せてもらうよう役所に頼んでみやすね。真選組のイメージアップにも繋がると思いやすし」
「待て。おい原田、そのデジカメちょっと貸せ」
「へ」

訳が分からず疑問符を浮かべる原田の手元から、沖田が再びカメラを奪い取った。

「現像しといてやるよ」

そう言うと同時に駆け出した沖田の後を、鬼の形相をした土方が追う。依然、目を丸くしている原田の横で近藤が豪快に笑った。





本当は日食が影響して、あるえいりあんが町を暴れて、あぁやこうやという妄想をしたのですが、たまには日常的な話になっても良いじゃないかと思い、こうなりました。


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