小説 2

後に残るは異様な達成感

(沖田、永倉)

一位:沖田
二位:永倉

この順位は真選組内での剣の腕によるもの……ではない。隊長格の中で始末書をとられている数の順位だ。


【始末書】
過ちをわびるために、事情を記して関係者に提出する書類。


斉藤、武田、井上、二木はそんな不名誉な紙など一度たりとも提出した事がない。特別武装警察真選組隊長としての自覚を持ち、常日頃から忠実に任務をこなしていれば無縁の筈。

鼠色の壁にもたれて座り込み、刀を抱えている小柄な青年も普段から忠実に隊務をこなしていた。彼が隊長を務める二番隊は真選組内で一番従順な隊士が集まる隊。それは隊長が日頃から公私混合せず、仕事に関しては厳しく接しているからだ。
小柄な青年――二番隊隊長永倉新七は天井を仰ぎ、深い溜め息を吐く。壁一枚隔てた先には自分の首を狙わんとする者達が様々な武器を片手に駆け回っているだろう。周りから聞こえる喧騒に耳を塞ぎたくなる。

「おーい。幸せが逃げちまってるぜィ」

そして視界に現れた亜麻色の髪、蘇芳色の瞳からも目を塞ぎたくなった。真選組始末書ランキング、ダントツ一位の一番隊隊長沖田総悟が同ランキング、二位の永倉の顔を見下ろしていた。

「もう残ってないわ」

前方を見据えて再び溜め息を吐いた。こめかみを押さえる手首には縄で擦った痕があり、血がにじみ出ている。
沖田は真横に立って壁の向こうの様子を伺っていた。止血の為に腕を縛っている下緒を気にしつつ腰をおろす。

「おめぇの背丈が伸びる確率よりは高いから」
「何が」
「成功確率」

いつもなら食ってかかる科白なのだが、今はそんな気力は無く「何だよその基準」と呟くだけがやっとだった。
地を踏みならす振動が尻に伝わってくる。沖田は立てている両膝に横鬢を付けて俯く永倉の顔を覗き込んだ。

「なんでィ。元気付けてやってんのに。んなに落ち込む事ないぜ」
「吐くもんないのに拷問される一歩手前だったんですが」
「そこに正義のヒーロー沖田総悟参上。間抜けに捕まったチビを華麗に助け出したが、未だに感謝の言葉無し」
「誰が間抜けだ、誰がチビだ」

「元凶参上の間違いだろ」とまで言いたかけたが、不意に沖田の人差し指が永倉の口に当たり、口をつぐむ。近くで人の話し声がした。まだ見つからないのか、と言った会話をしながら通り過ぎて行く。

「…俺は感謝してるぜィ」
「え」

突然来た意外な言葉に永倉は目を丸くして顔を上げた。沖田は懐から細長い小さな物を出してきた。大容量記憶可能なUSBメモリーだ。

「剣の腕がそこそこなお前となら安心できる。チビのくせに色んな知識持ってっし。ようやく片が付くってもんだ」

今回の事件、人身売買の商談内容が記憶された証拠品。それを満足げに懐に入れ、左腕を庇うように座り直す。腕いっぱいに巻かれた布は赤く染まっていた。永倉が自分の下緒で止血をし、応急処置をしたのだが傷は深いようだ。

「……よくやるよ」

永倉は眉尻を下げて肩を落とした。
大抵、沖田は暴虐無尽な幕府の天人は一人で片付けてしまう。何故ならば誰も手を出そうとしないからだ。
真選組は幕府直属の警察組織。その幕府が自分達の金銭源を潰してくる組織なんて必要とするだろうか。テロ対策になる組織など代わりはいくらでもいる。御上が片手を上げるだけで真選組など安易に潰す事ができるのだ。縦社会を良く知る者は反社会的な天人達の行為を黙って見ておくしかない。

「これであのガキ共も母ちゃんのとこに帰れるんだぜィ。見たろ?まだ歩きもしねぇ赤ん坊まで売ろうとしやがったんだ」
「…」

前を見据える蘇芳色の瞳は「正義のヒーローに憧れる子供」と簡単に言い表すことができない程に強く、勇ましい。

「…さっさとこんなとこからおさらばしようぜ」

永倉は刀を杖代わりにし、怠い体を奮い起こして立ち上がった。沖田はニヤリと笑い、騒がしい壁の向こうを指差す。

「アイツ等全員ぶった斬ろう」
「あのさ、いつもいつも考え方が安直すぎるんだよ。ちゃんと数見て物言ってんの?もうちょっと慎重になれないわけ?」

無事に脱出できたとしても屯所には鬼が待ちかまえている。そして長時間の説教の末、謹慎処分が下されるのだろう。もう何回目になるだろうか、日頃厳しく躾ている部下に示しが付かない。また無鉄砲な正義のせいで大量の始末書に追われる事になる。

「さて、ひと暴れしやしょうや」

沖田は立ち上がり癖のある黒髪の上に手を置いた。


――何であれ、たった一人で突っ走り、真っ直ぐで、誰よりも義を大切にする子供を放っておけないのも、これまた悲しい事実である。
愚痴をこぼすのは、全てが終わってからにしようか。




永倉が怒られる時って絶対沖田が絡んでるよなー、真面目な性格のつもりなんだけどなー、沖田が絡むと壊れ出すよなー、うーん。

あ、度々沖田に巻き込まれてたら面白いなぁー…みたいな感じで生まれました。


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