ハロウィン
澄み渡る青空が清々しい秋晴れの日。空に浮かぶ飛行船が太陽に反射しキラリと光る。
「また妙なものを…」
土方は顔の形にくり抜かれたかぼちゃを持ち上げた。鋭い目に不気味な笑みを浮かべる口元。普通のかぼちゃより大きく、大人の顔二つ分ぐらいだ。
「何処ぞの星の行事をここぞとばかりにビジネス化しちまうとは…本来の意味なんてどれぐらいの者が知っているのやら」
かぼちゃを再び机の上に置く。他にもこれよりひとまわり小さいかぼちゃがふたつ並べてあった。
『ハロウィン』は三日後。誰が作ったのか、その象徴であるかぼちゃのお化けが食堂の机の上に飾ってあった。みっつあるかぼちゃの内、ひとつだけ黒いとんがり帽子が被せられている。土方と共にいた沖田はその帽子の先端をひょいと掴み、自分の頭の上に乗せた。
「んな細かい事を…面白かったらいいんでさァ。土方さんの脳味噌腐ってんじゃねぇですか?そのうち両耳から腐敗物が流れ出ますよ」
「心根が腐った奴の腐敗物は何処から排出されるんだろうな」
ぐしゃと亜麻色の上に乗っかる黒いとんがりを潰す。テーブルを拭いていた食堂のおばちゃんが「それ山崎君が作ってくれたんだよ!」と嬉しそうに言った。
食堂を出ると大きな箱を抱えた近藤が食堂前を通り過ぎようとしていた。沖田が「あ!」と声を上げ、近藤の背を追いかける。
「近藤さん!なんですか?それ」
「おぉ、総悟」
近藤は足を止め、沖田の方を振り向いた。
「仮装パーティの衣装だ」
「真選組でやるんですかィ?面白そう!」
沖田は目を輝かせながら大きな箱を見た。近藤は「うーん」と唸り、首を横に振る。
「それが違うんだ。上がな、ハロウィンの日に仮装パーティをやるらしいんだが…真選組はその警備を任されたんだ」
「なぁんだ」
沖田は詰まらなさそうに口を尖らす。後からやってきた土方が箱をひと差し指で叩きながら近藤に言った。
「それでなんでウチにこんなもんがあるんだよ」
「警備の時に俺達も仮装しろと言ってきたんだ」
「はあぁ?!」
土方の口からポロリと煙草が落ちる。
「重い隊服は雰囲気を損ねると」
「へぇー!どんな衣装があるんですかィ?」
ひきつった顔を戻せずにいる土方とは逆に沖田は目を爛々とさせ、近藤が抱える箱を覗き込むように身を乗り出していた。
「まだ見てないんだ。あっちの大部屋で一緒に見てみようか!」
「見る見る」
二人は意気揚々とその場を後にする。一人残された土方の前を、落ち葉が円を描きながら通り過ぎていった。
沖田は鼻歌混じりでイベント会場の廊下を歩いていた。周りは仮装した天人がたくさんいる。別に仮装などしなくとも十分滑稽な姿をしているではないか、と思った。
上からの命令で沖田自身も仮装していた。歩く度に頭上にあるとんがり帽子の先端が上下に揺れる。ふわふわとなびく黒いマントを纏めている胸の前のドクロマークは、押すと目が光るというおまけ付き。
「あ、沖田さーん!」
向こうから山崎が手を振ってきた。黒頭の上に黒い猫耳がふたつ、背後で尻尾が見え隠れしている。他は特に変わったところはなく、普段の隊服に身を包んでいた。
「おぉ、下僕」
「え、何で」
「だって黒猫は魔法使いの下僕だろ?」
「使い魔です」
どういう仕掛けになっているのか、山崎の腰の下から垂れている長い尻尾は左右にゆらゆらと揺れていた。
「似たようなもんでィ」
沖田は手に持っている魔法の杖で尻尾に触れようとしたが避けられる。本当に生えているのか、とも思わせる滑らかな動きだ。
会場内から歓声と拍手が沸き起こる。中では今、様々なイベントが催されていた。山崎は辺りを軽く見回し、困ったように眉尻を下げて後ろ頭を掻いた。
「副長見かけなかったですか?」
「さぁ…ん?」
山崎に問われ首を傾げていると背後からトントンと肩を叩かれる。振り向くと白い包帯にまみれた近藤が目に飛び込んできた。沖田はぎょっとして目を大きく開ける。
「近藤さん、何ですかィ?それ」
「いやぁ…ミイラに扮しようと包帯を体に巻き付けていたんだが…中々うまくいかなくてな」
はぁ、と溜め息を吐く近藤の体には包帯が中途半端に巻かれており、所々絡まっていた。床を掃除するように引きずっている白い帯を沖田が踏みつけると、近藤は見事に転け、床に顔面を強打した。
「そ、総悟君…僕に一体何の恨みが」
地に伏したまま放たれた言葉は涙声だった。
「あ、つい」
「局長、俺、巻きましょうか?」
山崎は苦笑しつつ近藤の傍でしゃがみ、その顔を覗き込む。
「おぉー!ザキ!黒猫が不吉だとかそんなの迷信だよな!俺にはお前が幸運を呼ぶ白蛇見えるぞ!」
「たぶんそれ、包帯ですね」
転けた際にずれたのだろう。白い包帯が近藤の目を覆っていた。
辺り一面の壁には様々な飾りが施されていた。くり抜かれたかぼちゃの中にあるろうそくが刻んだ口から洩れ、淡く光っている。仮装した陽気な天人達は談笑したりダンスをしたり…皆パーティを満喫しているようだった。
「あ、永倉みっけ」
沖田が暇そうに魔法の杖と称した木の棒を振り回していると、吸血鬼の格好をした永倉を見つけた。両腕に大量の菓子を抱えている。
永倉も沖田達に気付き近付いてきた。その表情はどことなく浮かない顔をしている。
「なんかさ、擦れ違う天人から菓子もらいまくるんだけど」
「物乞いしてるガキだと思われたんじゃね?」
「なんでこんなとこで物乞いするんだよ。つか誰がガキだコラ!」
飴玉やクッキーが床にバラバラと落ちた。永倉の黒いマントの下から銀色がキラリと閃く。
一方、近藤の体に包帯を巻いている山崎は笑いを堪えるのに必死だった。両肩が小刻みに震えている。
ハロウィンの夜は仮装した子供達が近くの家を1軒ずつ訪ね「お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ」と言い、菓子をもらい歩くという。二十歳を越えた永倉の背丈は12、3歳の平均身長。童顔も加え、身分証明書を提示してくれなければ子供と思われても致し方ない。
近藤も山崎と同じ考えを抱いたらしく「あ」と声を出した。
「永倉、もしかして天人達はお前が子どぐっ…っ…う゛…ぐっる…」
まるでそれ以上言うなと言わんばかりに山崎が近藤の首を包帯で絞め始めた。
「な、永倉さん!お似合いですよ、その格好!」
「え、そう?」
「なんだか八重歯が可愛いです。子供みた…あ」
しまった、と山崎は思わず包帯から手を離した。顔が土色に変わった近藤がどさりと床に倒れ込む。そして案の定、刀の切っ先が山崎の目前に迫っていた。
「山崎のくせに人をガキ扱いするたぁ良い度胸だ」
「あ、いや、あの」
「お前は黒猫じゃなくてゾンビの方が似合うと思うぞ」
「え、それ、リアルなゾンビになりませんか?!ねぇ?!ぎゃあぁ!!」
山崎は悲鳴を上げながら死神と化した永倉の刀から逃げまどう。その背後で沖田が泡を噴いている近藤の体を木の棒でつついていたが、漂ってきた紫煙の臭いに気付き、顔を上げた。
「何サボってやがる」
見上げた先には土方が立っていた。頭の上には犬のような黒耳、後ろはふさふさで黒い光沢が波打つ尻尾。山崎が猫ならばこちらは犬だろうか、上司の意外な仮装に沖田はパチクリと瞬きをした。
「ったく、どいつもこいつも浮かれやがって」
その外見で煙草を吸うものだから違和感が半端ない。沖田は羽織っているマントの中を探り始めた。
「原田に至ってはつまみ食いしやがるし…総悟、なんだ?それ」
土方は沖田から差し出された物を凝視した。
「首輪と鎖」
「オイ」
「これ付けたまま三回まわってワンて言いなせェ、ポチ」
「誰がポチだ」
土方の顔がひきつり青筋が浮かぶ。
「狼だ!犬じゃねぇ!」
「それ、どっちも変わんないでさァ」
「うるさい!」
ふん、とそっぽ向き頭を掻く。慣れない仮装に少し照れているのか、両頬が若干紅潮していた。先程まで下に垂れていた尻尾が、今はくるりと内側に丸まっている。まるで本人の感情を表すような動き、一体全体どのような仕掛けになっているのか。
「似合ってますぜ」
「そ、そうか?」
黒い尻尾が左右に揺れ始めた。
「お手」
「だから犬じゃねェェェ!!!」
土方は叫びながら抜刀し、走り去る魔法使いを追いかけていった。
オチが迷子。
黒い狼っているのかな?
以前やった新境地のバトンからでした!
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