小説 2

九月四日

「局長誕生日おめでとー!!」

皆一様に酒の入ったコップを頭上に上げ、祝言を口にする。

今日は真選組局長近藤勲の誕生日。屯所では夜から宴が盛大に催されるのだ。
日頃、会議や朝礼が行われる座敷では畳一面に酒瓶が並び、食事が広げられている。

「みんなありがとう!!今年もこうやって祝ってもらえる事ができるたぁ、俺は幸せ者だよ!」

今晩の主役は満面の笑みでそう言うが最早誰一人聞いてはいない。各々酒瓶片手に近くの者達と酌み交わしていた。

しかし、この男はそんな不躾な奴等を微塵も気にする事はなく、満足げにコップに入った酒を一気に呑んだ。
すると横合いから酒瓶の注ぎ口が表れる。そこから流れ出る透明の液体が空になったコップを満たしていった。

アルコールの臭いに混じりニコチンの臭いが鼻につく。近藤は紫煙が揺らぐ方を向くと土方が呆れたように目を細める姿があった。

「奴等は何かに付けて騒ぎたいだけだ。祝う心なんぞ持っているかどうかも分からねぇ」

そう言いながら自分のコップに焼酎を注ごうとした酒瓶を近藤は手で制止、傍らにあった新たな酒瓶を手に取って、土方のコップへ注ぎ入れる。

「だが来年も同じ面子で同じ様な事ができるとは限らんだろ」
「剣に命預けてん者が将来の事考えたって仕方ねぇよ」
「あぁ、だからこそだ。皆明日の命も知れぬ身上、死神と共に生きている」

朝、元気に挨拶をしてきた隊士がその日の内に無惨な屍となって道中に転がっていた、なんて事はざらにあるのだ。

「俺の誕生日なんか上辺だけで良いんだ。楽しめる時に楽しんでれば良い」

近藤は騒ぐ隊士達に目を遣り、微笑を浮かべた。土方は灰皿を自分の元に寄せる。紫煙を吐き出したそれは溜め息に近かった。

「アンタにしちゃあ珍しい後ろ向きな話だな」
「そうか?」

煙草を灰皿に押しつける土方の横で乾いた笑いを発する。

「お妙さんに誕生日を祝ってもらえなかった事が利いているかもしれん」
「いつもより殴り傷が少ないような気がするぜ」
「え、そう?気を使ってくれたのかな?」

近藤は頬に貼ってあるガーゼをさすりながら言った。
だが、土方は知っていた。それは女にやられた傷ではないという事を。

――昨日、見廻り途中で行方不明となっていた隊士が死体で発見された。そして今日近藤はその隊士の実家へ出向いた。そのガーゼの下にある傷は遺族に殴られたものだった。

「仕様がねぇよ」
「…」

土方は遺族の家には行っていない。近藤が独断で弔問に行っていたのだ。
左頬を腫らして帰ってきた近藤を見ても隊士達はいつものストーカー行為だろう、と気には止めなかった。土方以外は。

「笑っとけ。アンタは」
「近藤さん!」

二人の元に沖田が酒瓶を持って駆け寄って来た。少し影があった近藤の表情が明るくなり亜麻色の方を見る。

「お、なんだ?」
「今日こそ丘の野郎を潰すんでィ!何か良い手ありやせんか?」

ビシッ!と指を差す方には大量の空瓶の中、得意げに中身の入った瓶を持つ七番隊隊長、丘の姿があった。

「丘はめっぽう酒に強いからなぁ…。アイツが酔ったところなんて見た事ないぞ」
「だから酔わすんでィ」
「ストローとかお猪口の裏側で少しずつ呑めば酔いやすいとは聞いた事がある」
「マジ?」

近藤の前に座り込む沖田の横で土方はくだらないとばかりに顔をしかめた。

「酔わせてどうするんだ。襲うのか?」
「スズメバチの大群に襲われて死ね土方」
「あぁ?!……あ?」

青筋を浮かべ沖田に喰って掛かろうとした土方だったが、懐から鳴る携帯電話の着信音に気付き、舌打ちをしつつ手に取った。

「もしもし?……あぁ、分かった」
「浪士か?」
「いや、ただのチンピラ共の喧嘩。井上さんが別件で忙しいから誰かそっちにやってくれないかと……丘!」
「はい?」

早速沖田にストローを差し込んだ酒瓶を持たされている丘を呼ぶ。

「歌舞伎町でヤロー共が喧嘩してるんだとよ。止めてこい」
「え、あ、俺だけ?」
「お前が一番平気そうだ。呑んだら乗るな、パトカー禁止な。走っていけ」
「えぇーっ!!!」

ドッと部屋中に笑いが起こる。
近藤も一緒になって豪快に笑った。


‘アンタは太陽で俺達は太陽の懐(宇宙)にある星共だ。周りが暗くなろうとも俺達は太陽の光に反射され輝き続けるのさ’




――来年の誕生日を迎えた自分へ。


今あなたは笑ってますか?




何だかしんみりな内容になりました。

こんな内容ですが、
近藤さん誕生日おめでとう!


戻る

- ナノ -