小説 2

謹賀新年

江戸の外れにある神社では早朝から大勢の人々が今年一年の無病息災、家内安全、平安無事を祈り参拝していた。琴と尺八の音が流れる中、各々新しい年の始まりを楽しんでいた。
江戸の治安を守る警察組織、真選組はこの混雑に紛れて不逞な輩が事を起こさないよう警備を怠たらない。黒い隊服を着た真選組隊士が数名彷徨いていた。

ただ、夏祭りの時のように将軍警護の任務はなく、真選組隊士――特に隊長達は呑気なものである。


「…」

その一人、真選組の隊長服を着た小柄な青年、二番隊隊長永倉新七が本殿の前で手を合わしていた。隊長服の上から黒いコートを羽織り、赤いマフラーを巻き、手袋装着の完全装備。少し癖のある黒い髪が寒風に揺れる。背丈の低さと童顔な顔立ちからはとても成人しているように見えない。だがこれでも二十数年生きている立派な大人だ。
賽銭を入れてから数秒たっているが、永倉は未だ真剣な面持ちで手を合わしている。

「…」

そんな小柄な体格とは正反対の大柄でがたいの良い大男が横目で黒頭を見ていた。十番隊隊長原田右之助、普段この男の頭には毛がなく一面に肌の色をさらけ出しているのだが、寒空の中ではしっかりと毛糸の帽子で防寒している。

「…オイ」

永倉の隣で何か言いたげな顔をしている原田の背中を肘で小突く青年がいた。頭にバンダナを巻き、左頬に傷痕がある八番隊隊長藤堂凹助が眉をひそめながらハゲ頭を見ている。

「…言うなよ」
「分かってる」

二人にはこの小柄な青年が何を願っているのか分かっている。そしてそれを口に出せばどんな災難が降りかかるかという事も分かっている。お互い顔を見合わせ頷き合った。






本殿から少し離れたところでは、様々な種類の御守りや札、破魔矢、熊手が売ってあり、端の方ではおみくじがある。参拝を終えた者達が今年一年の運勢を占う為に木筒を振っていた。

「…」

黒い髪の毛先が跳ねた青年が一枚の薄い長方形の紙を凝視していた。それを持つ手が小刻みに震えている。その隣で同じ紙を持つ亜麻色の髪の少年が「ほぅ」と珍しそうに声を出した。

「すげぇな…山崎。そんなの初めてみた」

真選組随一の剣豪、一番隊隊長沖田総悟は同じく真選組切っての優秀な監察方、山崎退の手元を興味深そうに覗き込んでいた。


――ドォォォン!!


突如、二人の背後にある本殿前で爆発音がした。立ち上る黒煙をバックにバズーカを担いだ男が紫煙を揺らしながら二人に近づいて来た。

「どいつもコイツも何浮かれてんだコラ」

真選組鬼の副長土方十四郎。その端正な顔立ちのこめかみには青筋が浮かんでいた。

「土方さん、あれじゃあ一般客が満喫できませんぜィ」
「あぁ?!階段トリオが悪ぃんだ。奴等に責任を取らす」

土方は煙草を噛みしめギロリと沖田を睨む。沖田の言う通り、本殿前では何事かと人々が集まり騒然としていた。ちなみに階段トリオの‘階段’とは本殿前で並ぶ三人の隊長の背丈を例えて言ったもの。
しかし、参拝していただけでバズーカの標的にされるとはまた災難な事だ。

「新年早々ご機嫌斜めですねィ。マヨネーズがこの世から無くなる初夢でも見たんですか?」
「馬が鹿を産む夢を見ていたらお前にバズーカで起こされた」
「へぇー。初夢が正夢になるって案外当たるもんなんですねィ。土方さんは今年一年馬鹿というわけで」
「死ね」

土方はバズーカの銃口を亜麻色に向ける。沖田はどこから出してきたのか蜜柑を素早く発射口に詰め込んだ。

「永倉も毎年必死なんでィ。あれぐらい見逃してやったらどうですか?」

居るか居ないか分かっていない‘神様’という人物に願う事で叶う保証は微塵もないが、沖田はやれやれといった感じに肩を竦めた。

「背丈が高くなったらアイツは弱くなる。だからあれで良いんだよ。山崎だって地味さが無くなれば敵の巣に潜り辛くなるだろ、それと一緒で……あ?どうした?山崎」

土方は怪訝そうに眉を寄せ、紙を片手に固まっている山崎の手元を見た。

「あ、見てくだせェ。コイツ、珍しいおみくじ引いたんですぜィ」

沖田が面白そうに指を差す。その先には四分の三空白で残り四分の一に文字が印字されてある紙があった。恐らくおみくじの結果だろうと思われるが、吉とも凶とも読み取れないそれはもはやおみくじとは呼べない。

「…印刷ミス?」

土方はボソリと呟く。確かにこれは珍しい。きっと大凶よりも珍しいのだろう。

「そうそう。山崎がこんな珍しいもん引いて来たんでィ。今年は何か珍しい事が起きんじゃね?」
「そうですかぁ?何か不吉ですよー…」

情けない声で言う山崎に向かって沖田はヒラヒラと自分が引いたおみくじの紙を振る。

「山崎らしいが」

おみくじなんぞ只のくじだろう、紙っ切れ一枚で落ち込む地味な監察を見て土方は呆れたように溜め息を吐いた。
そんな娯楽のようなくじでも、大凶や凶などの結果が出れば厄払いの意味を込めて境内の木に括り付けるという。しかし、印字ズレといった不良品はどうすればいいのか。

「…そう言うお前は何だったんだ?」

おみくじを畳んでいた沖田に問う。

「半吉」

そう言い、土方の目前に折り目が付いた紙を突き出した。

「…コメントしづらい中途半端さだな」
「出世できるって書いてやす。土方さんの命も後わずかですねィ」
「何故そうなる?」
「お!いたいた!!総悟!トシ!あ、ザキもいるのか!」

真選組局長近藤勲が甘酒を片手にやってきた。もう片方の腕にはビニール袋が下がっており、中には参道沿いにある屋台で買った食べ物達が入っている。

「…何アンタまで満喫してんだよ」

呆れた眼差しを送る土方を尻目に近藤は辺りを見回した。

「それより賽銭箱はどこいった?何か本殿前が滅茶苦茶なんだけど」
「馬鹿の八つ当たりでさァ」
「あ?!」

いがみ合う沖田と土方の傍では山崎が「もう一回引いてこよ」と呟き、不良おみくじを握りしめながら再び列に並びに行った。

「あ!総悟、腹減ってないか?」

近藤はそう言い、ビニール袋から取り出したたい焼きを沖田にあげた。焼き立てなようで茶色い魚の形をした菓子からは湯気が立っている。

「トシも食べるか?」
「呑気なもんだな…」

…と、言いつつもちょうど小腹が空いていた土方はちゃっかり近藤からホカホカのたい焼きをもらう。

「…ん?」

もらったたい焼きを頬張りながら周りを見回していると破魔矢と熊手を買う六番隊隊長井上源二郎の姿が目に入った。土方は思わずコケそうになる。

真選組最年長の井上は武州の時から毎年そういう類の物は買っている。破魔矢は来る悪を打ち砕き、熊手はそれぞれの福をかき集めるもの。どちらも正月の縁起物としては欠かせないものだ。
二回目のおみくじを引く山崎の後ろでは煤だらけの階段トリオが並んでいた。全く懲りていない。

幸いな事に浪士らしき人物も見当たらず、ちょっと賽銭箱付近が焦げているだけで何も起こりそうにない。

「…」

土方はたい焼きのしっぽを口の中に放り込む。

――ま、いっか。なんて考える自分自身も知らず知らずに新しい年に浮かれているのだろうか。


おみくじを引き終わった山崎が駆け足で戻ってきた。だが、あまりその表情は浮かないようでむしろ行く前より悪い。

「ん?どうした?ザキ。大凶でも当てたか?」
「まさかまた印字ズレ?」

近藤と沖田が山崎の手元を覗き込む。土方も山崎の後ろから覗き込んだ。

「…え?」

三人皆一様に目が点になる。それは大凶でも大吉でも印字ズレでもなかった。


何も書かれていなかったのだ。


「ぶはっ!どうやってそんなものを引けるんだ?」
「えぇー!有り得ねぇでさァ!」

大笑いをする近藤と沖田を見て、山崎は「ひどいですよー」と肩を落とした。そして後ろに居た土方の方を振り向く。

「副長ー、ちゃんと印刷の検品ぐらいしてほしいですよねぇ?」
「スゲェ運だな。こいつぁ今年一年どこに突っ込ませても大丈夫そうだ。早速明日から春雨に単独潜入してもらおうか」
「え」

上司の言葉に山崎はマジですか、と言わんばかりに顔を歪ませた。

少し離れたところでは階段トリオが紙を見せ合いながら小吉の方が上だだの半吉が何だのとギャーギャー喧しく騒いでいる。
井上が破魔矢と熊手、そして大量の御守りが入った紙袋を持って階段を降りていた。恐らく隊士全員分の御守りだろう。毎年配っている。

「よーし!俺も引きにいこうかな!」
「次は大吉引いてみまさァ」

近藤と沖田が意気揚々と列に並びに行った。土方はその後ろ姿を見ながら溜め息を吐く。

「…」

小銭はあったかな、土方は紙っ切れ一枚の只のくじの為に懐の中の財布を探した。

沖田は大吉を引くと意気込んではいるが、実は大吉はこれ以上運勢が上がる事はなく、下がるだけなのであまり好ましくはない。
俺は中吉辺りを狙うか、土方は小銭を手に近藤達の後に並んだ。







…で?といった感じの内容ですが…

ちなみに一応、

大吉→吉→中吉→小吉→半吉→末吉→末小吉→凶→小凶→半凶→末凶→大凶

と、いう順番です。



そんなわけで、あけましておめでとうございました!


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