小説 2

七月八日

(神→沖+土)




朝礼が終わり午前のディスクワークに取り掛かろうとした時、突如確認も無く襖が開き誰かが入ってきた。この屯所内で確認無しで入ってくる奴といえば沖田と武田しかいない。書類から顔を上げれば亜麻色が目に映った。

「土方さん、俺今日誕生日」

そして第一声はこれだ。
そんな自分の誕生日を主張する歳でもないだろう、土方は溜め息を吐き再び書類に目を遣る。

「おめでとさん」
「そんな言葉だけはいらないでさァ。物をくだせェ。土方を効率良く殺る道具」
「己の身を危険に晒す道具なんぞやると思うか?」

物をねだりに来ただけなのか、土方は拳でこめかみを押さえながら筆を取る。しかし沖田はそれ以上ねだりはせず無言で襖を閉め畳の上に胡座を掻いた。

「非番にしてやってんだろ。遊びに行ってこいよ」

こちらも一応気を使って一番隊は非番にしてある。ちなみに一昨日、6日は十番隊が非番だった。隊長原田右之助の誕生日だったからだ。原田は十番隊員と山崎で呑みに行ったらしい。

「そうですねィ」

だが、この一番隊隊長は一言呟きこちらの手元をじっと見ているだけだ。

「…」

作業中にちょっかいを出されると鬱陶しいことこの上ないが無言で見つめられても大変やりにくい。
紙の上を走らせていた筆を止め、後ろで座っている視線の発射元を見た。

「総悟…何してる?」
「見てるんでさァ。土方さんって女っぽい字ィ書きやすよね」
「ほっとけ!!」

気にしている事を言われ思わず怒鳴る。
吸っていた煙草を灰皿に押しつけ筆を置いた。そして体ごと沖田の方に向きその目を見る。

「何かほしいのか?それともどこか連れて行ってほしいのか?」

すると彼は一瞬目を丸くするが「うーん」と唸り、困ったように眉尻を下げた。

「…いるんでさァ」
「何を?」

やはり何か欲しい物があるようだ。そんなに言いにくい物なのだろうか、給料の10倍はする値段の物でも躊躇無くねだる奴が一体何が欲しいのだろう。
瞬時に様々な物を想像するがこれといってピンとくるものがなかった。

「…いなが」
「え?」
「チャイナが俺の部屋に居るんでさァ」


――は?


全くもって予想外の言葉が返ってきた。







「あぁ…確かに居るな」

沖田の自室前、土方が細く開けられた襖を覗くと桃色が見えた。キチンと正座をしているが貧乏揺すりだろうか、小刻みに震えている。

「入れば良いじゃねーか」

土方が呆れた顔で黒髪をボリボリと掻き後ろに居る沖田を見た。
話によると、朝礼が終わり自室に戻るとすでに部屋の中に居たらしい。吃驚して入るに入れず副長室に来たということだ。

「向こうから普通に来た事なんて初めてでさァ」
「だから普通に入れば良いじゃねーか」
「いや…こう正攻法で来られると不気味で」

確かに屯所に銀時も連れず一人で来た事は違和感があるが、何もこんなにも警戒する事はないだろう。というか、逆にこちらが毎度お馴染みの喧嘩が勃発しないか警戒してしまう。

「あ、沖田さん。チャイナさん待ってますよ」

――チュードォォーン!!!

山崎の声が耳に入った途端、爆発音が響き屯所の廊下に黒煙が上がる。

「山崎、てめぇか。勝手に人の部屋に上がらせたのは」

先程までの困惑した表情はどこへやら、青筋を浮かべた沖田はバズーカを担ぎながら墨だらけの山崎を見下ろす。

「ち、違いますよ!俺が気付いた時にはもう居ましてね」
「いつまで待たせるんじゃわれェェェ!!!!」

木が割れる激しい音と共に木片が辺りに飛び散り襖が粉砕される。パラパラと木クズが舞う中に番傘を持った桃色の髪をした少女が青筋を浮かべ立っていた。

「……て、てめぇこそなに人様の部屋に上がり込んでんだ!!何しに来たんでィ!!」

自室の襖を粉砕された事は怒らないのか、少し焦った表情で神楽に詰め寄る沖田を見て土方は思った。

「っ!…むぅ…」

沖田に怒鳴られた神楽の顔が段々赤くなり番傘を持つ手が震える。そんなに怒るのなら本当に何故来たのだ、土方はこれから勃発すると思われる喧嘩の事を考えると軽い眩暈がした。隣に居る山崎もまた始まるのかぁと言った感じで苦笑いをしている。

「お!!やるか?!クソチャイナ!!」

沖田もやる気満々だ。今まで変に気を使っていた事に腹が立ってきたのだろう。腰に刀がない為、組手の構えを見せる。
一方、神楽は顔を真っ赤にさせて沖田を睨んだままだ。番傘を持っていない方の腕がゆっくりと上がる。

「んっ!!」

構えている沖田の前に己の拳を突き出す。

「…は?」

その行動に沖田はもちろんの事、土方と山崎も目を丸くする。神楽の目はまだ沖田を睨んだままだ。

「んーっ!!」
「え?は?な、何?」

構える両手の間を通り過ぎて胸の前まで神楽の拳が迫り、沖田は訳が分からず後ずさった。

「あぁーーっ!!もう!!!」

神楽は何か吹っ切れたように叫ぶと番傘から手を離し、構えている沖田の片手を取ると自分の拳をその手に押しつけ何かを握らせた。

「死ね!!クソサド!!」

素早く番傘を拾うと脱兎の如く走り塀を乗り越え去っていく。

「…」

握らされたままの体勢で固まる沖田と唖然と桃色が去った後を見る土方と山崎。

「な、何だったんだ…」
「何なんでしょう…」

三人の間をヒョオォォー…と木クズが風に吹かれ舞った。


沖田は頭上で疑問符を散らしながら握らされた拳を開くと山崎もひょいと横から覗く。

「あ、可愛い貝殻でブハァァ!!」

山崎が開かれた手の平に向かって指を差した途端、沖田の裏拳が顔面に炸裂し鼻から血を噴かせながら仰向けに倒れた。

沖田の手の平には山崎の言うとおり小さな薄い桃色の貝殻があった。その貝殻の上部に金具が取り付けられておりキーホルダーのようになっている。

「良かったじゃねーか。言葉じゃなく物で」

土方はニヤリと笑い、未だ訳が分からず複雑な顔で貝殻を見つめている亜麻色の頭の上に手を置く。
沖田はしばらく沈黙の後、言葉の意味が分かったらしく「えぇぇ?!」と声を上げた。

「はぁー…爆弾じゃねぇの?」

驚いたように目を丸くさせながら金具を摘み、貝殻を左右に揺らす。

「ギブアンドテイクでも狙ってんのかねィ…あのクソ女」

そう言うと首を傾げながらひと差し指にキーリングを入れる。そのまま貝殻をくるくると回しながら壊れた襖を踏みしめ自室に入っていった。
土方はその背を見つめながら鼻で笑い「若いねぇ」と呟いた。





机の引き出しの中にずっと入れてそうですね。

沖田おめでとー


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