小説 2



ある真選組入隊試験の事。

「お、やってる!やってる!」

実技試験が行われている道場に原田が入ってきた。緊張感漂う道場内に場違いな明るい声。しかし、試験を受ける男達は原田の方を見向きもせず、ジッと座っている。

道場の中央付近には実技担当の斉藤、そして周りには徴募に応じた数十名の男達がいた。
斉藤は面、胴、小手に木の板を取り付けている。土方が考えた実技試験で、対集団戦が得意な斉藤の板をどれか一枚でも割る事ができたら合格、といった内容だった。
だが、過去にその板を割る事ができたのは、棒術で挑んだ丘三十郎、ただ一人。

「丘みてぇな変な奴いるかなぁー」

声を弾ませながら男達を見回していると、ふと背後から自分の着流しを引っ張る小柄な青年に気付き「ん?」と振り返った。

「右之、もう少し静かにできねぇの?」

永倉が顔をしかめ「シーッ!」と、人差し指を口に当てる。原田はボリボリとハゲ頭を掻きハハハ…と笑った。

「いやぁ…初めて見るもんだから…つい…あれ?沖田じゃねーか」

亜麻色の髪の少年が、道場の壁にもたれて呆れた眼差しを原田に送っている。

「相変わらず空気が読めない奴」
「書物すら読んだことねぇよ」
「威張る事でもないねィ」

得意げに親指を立てるハゲ頭を一瞥した沖田は詰まらなさそうに溜め息を吐いて、前を見据える。

「今回もクソみたいな奴ばっかりでさァ。何しに来たんだか」

決して小さくはない声で、あっけらかんと吐き捨てる。一区切り付き、静まり返った道場内に沖田の声がよく響いた。

「バカ…!お前も結構空気読んでないぞ」

永倉が沖田を肘でつつきながら小声で言う。沖田の容赦ない言葉で道場内の空気は一段とピリピリとし出し、永倉は帰ろうかな、と思った。

「では次の方お願いします」

斉藤が呼びかけると三名の受験者が立ち上がった。がたいの良い男二人、そして中肉中背の黒髪の青年が立ち上がる。
原田は「おや?」と目を凝らした。

「あんな黒髪いたっけ?無駄にごつい奴ばかりいるからか、見えなかったわ」
「一番弱そうでィ。開始0.5秒でやられるんでないかィ?」

変わらず遠慮なしで話す沖田と原田に永倉は無言で顔をひきつらす。
黒髪の青年は「山崎」と呼ばれていた。彼は緊張した面持ちで竹刀を青眼に構え、斉藤を見据える。

「…?」

その構えた様を見て沖田が怪訝そうに眉をひそめた。

「変な奴…。今から打ち合いますって時に、何も感じねぇ」

山崎以外の男二人からは気合いを感じさせる。斉藤の板を割ってやろうという‘気’だ。
だが、黒髪の彼からは何も感じない。表情は緊張で強ばり、一点を見つめて真剣そのもの。決してやる気がないとは思えない。

「あ、気配を消してるってやつか?だから呼ばれるまでアイツの存在を確認できなかったんだな」

原田の言葉に沖田は興味深そうに「へぇ」と声を上げ、ハゲ頭を見上げた。

「あぁいうの自分で消せんの?」
「知らん」

原田は顎を撫でながら真顔で即答した。沖田は眉間にしわを寄せ、期待して損したとばかりに溜め息を吐く。

「訓練すれば消せるらしいぜ」

原田の代わりに永倉が答えた。

「訓練?あんな弱っちそうな奴が一体何の訓練でィ」
「偏見は程々に」
「永倉が言うと現実味があるな」
「何で」

原田は小柄な青年を見下ろし、永倉はハゲ頭を見上げる。

他の二人とは全く違う雰囲気を出す青年に斉藤も違和感を感じ警戒したのか、青年との間を摺り足で少し空けた。

「はじめ!」という開始の合図と同時に前方の男が先手に出た。
斉藤の面を狙うが、竹刀を摺り上げられ逆に面を打たれる。もう一人の男は下段から小手を攻めるがうまく絡み取られ、崩れた構えを整えようとしたその時には胴から木が割れる音がした。

ほとんどの受験者は板を割る事に気が焦り、攻撃にしか集中しない。斉藤はそれを逆手に取り、攻めを誘って返し技で打つ。一枚割られると更に気が動転する。
この試験は剣の強さはもちろんの事、心の強さも見ているのだ。


「…なぁ」

その試験の様を見ていた沖田がボソリと呟いた。

「あぁ…分かる分かる」

前を見据えたまま原田は頷く。

「アイツ、全く仕掛けようとしないな」

永倉も半ば呆れ気味に呟いた。

男二人は果敢に攻めているのだが、山崎は構えたままジッと立っているだけだ。たまに摺り足で少し移動しているだけ。
沖田は肩を竦め、原田と永倉を見た。

「…やる気ないんじゃね?」

そう溜め息混じりで言う。

「終も打てば良いのに。攻めてくるの待ってんのか?」

永倉は腕を組み、前を見据えたまま。
男一人の板が全て割られた。そこでようやく斉藤は山崎の小手を狙う。しかし山崎は横に飛んで避け、再びジッと構えた。

「苛々する」

沖田が足をトントントン…と小刻みに踏む。原田が「うーん」と首を捻った。

「…しかしなんだ。アイツずっと気配消しっ放しじゃん。もしかして終は今の今まで気付かなかったんじゃ」
「そうか。終は気配を察しながら攻防する奴だから」

原田の言葉に永倉は納得したように頷く。興味深そうに見る二人とは違い、沖田は変わらず不機嫌そうに顔を歪めていた。

「なら何でそんな絶好のチャンスに打ちにいかないんでィ。不意を付けば一枚ぐらい割れたかもしれねぇのに…ほら、もうタイマンになっちまったじゃねーか」

もう一人の男の板も全て割れた。後は山崎のみ。気配を消そうが消すまいが斉藤の目の前にいるんだ。さすがにもう突っ立ってはいられない。

「この時を待っていたのかもしれねーぜ?試験といえども一人に多数は嫌だ、とか」
「原田はどんだけアイツを買い被ってんの?」

手の平に拳を打つ原田を沖田は眉を寄せながら見る。

道場の中央付近はというと、斉藤が一方的に攻め、山崎がそれを全て避けていた。山崎の顔に余裕は見られず、少し焦っている感じだ。
竹刀が振ってくれば後方に飛び、腰車がくれば身を開く。

「身軽じゃん?」
「それだけな」

原田の問いに沖田は即答する。

「疲れさせる作戦とか」
「俺にはアイツの方が疲れてるように見えるけど」

原田の言葉に次は永倉が即答した。

永倉の言うとおりで、山崎の顔には脂汗が浮き出ており、息も切れている。明らかに疲れが見えているのだが、斉藤の攻撃を機敏に避けていた。しかし、彼からは仕掛けない。

周りの受験者達は唖然としながら中央を見ていた。検分役の隊士も注意しようかどうしようかと困っている様子。
一番困っているのは相手にしている斉藤だろう。時折、わざと隙を見せてみるも彼は打ってこないのだから。

あまりにも仕掛けてこないのなら意欲がない、という事でその時点で終わらす事もできる。沖田は面白くない試合に我慢できなくなり、斉藤に向かって言った。

「終ー、もう終わりにしたらどうでィ」


――刹那、山崎の目が見開き、一気に場の空気が凍り付いた。

「!!」

彼の‘気’が変化した――沖田達がそう感じたと同時に山崎が畳を蹴り、斉藤の背後に回った。

山崎が真っ直ぐ斉藤を見据え、肘を引く。瞬時に斉藤は身を捻り、風の唸りを上げ、竹刀を横に開いた。

「あ!!」

思わず原田が声を上げた、その瞬間に竹が弾ける音と板が割れる音が道場内に鳴り響く。

斉藤が本気で山崎の面を打ったのだ。その火焔のような打ち込みに、思わず沖田達は言葉を呑む。

――静まり返った道場内。
鉄槌で殴られたような衝撃を受けた山崎の額からは血が噴き出し、仰け反りながら後ろに倒れ込んだ。

「だ、大丈夫っ?!」

日頃冷静な斉藤も沖田達が見た事がないぐらいに焦り出した。竹刀を放り出し、気を失っている山崎の元でしゃがみ込む。

「オイ!ボーッとすな!!救護班呼ぶか救急車呼ぶかぐらいしやがれ!!」

原田に怒鳴られた隊士も慌てて道場を飛び出した。


騒然とする中、沖田と永倉は道場の隅で動かずにいた。

「はぁー…珍しいねぇ…終が取り乱すなんて」
「…ところで沖田。…何で鯉口切ってんの?」
「お前こそ」

抜刀体勢に入っていた二人は同時に刀から手を離す。鯉口にハバキが入る音まで揃った。

「終が殺されるかと思った」

ボソリと沖田が呟く。永倉も同じ思いだったのか、無言で慌ただしい中央を見据えていた。








「笑いすぎですぜィ。土方さん」
「いや、まさかあのド素人がそんな奴だったとは」

この男にしては珍しい。
事のあらましを聞いた土方は声を上げて笑った。試験が終わり副長室に事情を説明しに来た沖田と原田、永倉は呆れたように彼を見る。

「ほんと、笑い事じゃないぜ。つかアンタも人が悪い。竹刀も持った事がない奴を何で実技に通したんだ」

原田が怪訝そうに土方を見た。
試験後、気が付いた黒髪の彼から聞いたところ、剣術を習った事がなかったらしい。構えは見様見真似でやったが、どう攻撃して良いか分からず戸惑っていたという。

未だ面白そうにニヤニヤと笑う副長に永倉は肩を竦め、溜め息を吐いた。

「実技を受けてない連中がビビって騒動の最中に逃げちゃいましたよ」
「怪我も大した事なかったんだろ?試験が早く終わって良かったじゃねーか」

土方が机の上にある紙を手に取り、それを見ながら言った。

頭からの出血は小さな傷でも結構な量が出る。山崎の額も木の板が盾となり、縫うまではいかず、消毒とガーゼを当てるだけで済んだ。その山崎は今、斉藤と救護室にいる。

「恐らく、気配を消してるのは訓練したからじゃねーよ」
「んじゃ何?」

沖田が問う。
すると土方は顔を上げ、ニヤリと笑った。

「生まれつきじゃねぇか?天性ってやつだ」
「何で分かるのですか?」

次は永倉が不思議そうに目を丸めて問う。

「アイツ、徴募に応じたのは三回目らしい」
「へ?!そうなの?!見た事ないぜ?!」

原田は驚き、声を上げた。実技を見るのは今回が初めてだが、徴募に来た者達は毎回見ている。
だから原田は今まで山崎の姿はなかった、と言い張った。

「いや、見てる筈だ。俺は二回面接で落としているらしい」
「らしい?」
「覚えてねぇんだよ」

眉を寄せる沖田の前で、土方は手をひらひらと振る。

「二回とも、剣術のできない奴はお断りだと俺に言われたんだとさ。知らずに今日も言ったら奴からそう言われた」
「ボケたんじゃなくて?」
「総悟、アイツから飴玉もらったんだって?レモン味の」
「は?!何言って」
「ポケット」

土方は上着のポケットを叩く。それを見た沖田は自分のポケットの中に手を入れた。

「!」

出てきたのは包み紙‘レモン味’と印字されてあった。

「面接で待っていた時、亜麻色の髪の人に‘飴かなんか持ってないか’って聞かれて、たまたま持っていたのであげました、って言ってたぜ?相手はあまりにもお前が若そうだったから覚えていたらしいが?」

「お前はどうだ?」と言わんばかりにニヤニヤと笑いながら沖田を見る。

「…」
「その斉藤まで誘発されるような殺気が出たってのは俺も分からんが…」

土方は再び一枚の紙を見た。その紙には『山崎退』と書いてある。


未知なる宝石の原石を見つけた。磨けばどんな輝きを見せてくれるのか。


「面白い」

そう言い、ニヤリと笑った。




「土方さん、一番隊は止めてくだせェ。気味が悪ィ」
「二番隊も止めて下さい。扱いにくそう」
「俺の隊は良いけど…今、丘にストーカーされてっからなぁ…」
「あぁ?!どこにもやんねぇよ!俺の傍に置いとくんだ」


「…は?」


---------

山崎っていつも飴を持ってそうなイメージがあります。



戻る

- ナノ -