「まだおれ眠くない!」


なんて言ってるけど、景吾くんのほっぺたはすでに眠気のそれを含んだ色に染まっている。いつもなら自分から寝るって言うのに。

寝るのを渋る、その理由。
白い毛並が自慢の猫が珍しく彼の小さな膝に座っていた。寝転がりこそしないものの、機嫌良く二人でじゃれあっている。
いつもなら景吾くんがかまって、多少じゃれるものの、気まぐれなシルクがソッポ向くかケンカするかなんだけど。

そんな彼が自ら自分の所にやって来たのが嬉しかったのだろう。景吾くんは上機嫌だ。


(確かに微笑ましくはある)


小さい子と仔猫。シチュエーションとしてはバッチリだ。

景吾くんの気持ちを汲み取って、まだ『おやすみなさい』を告げるのは止めておいてあげよう。
自然と緩んでいた口元のまま、私は歯磨きをするため洗面所へ立った。





「にゃー」

「れっ?シルク、景吾くんは?」


しばらくも経たないうちに白い彼が私の足元に擦り寄ってきた。


「もしかして…」


案の定、景吾くんは既に夢の中。
顔の近くで手をきゅっと握り、丸まった体は猫のよう。


「もー」


風邪ひいたらどうすんの、と小さく一人ごちて小さな彼をゆっくりと抱き上げる。まだ抱き上げられる体重でよかった。


「ちょ、シルク危ない」


先導するかのように前を歩くシルクを申し訳ないが足でどけて、ベッドに向かう。


「うぅ〜…」

(ん?起きるかな?)


小さく唸って景吾くんが身を捩った。


「ねむいぃー…」

「うんうん、わかってるから。もうお布団だからね」


片手で布団を捲り、そっと小さな体をベッドへ下ろす。


「…わわっ」


倒した上体を戻そうとしたが叶わず、中途半端な体勢のまま止まる。なんだなんだと下を見てみれば、


「も〜景吾くーん」


小さな手はしっかりと私のパジャマを握っていて深い皺が刻まれていた。


「見たいテレビあるんだけどなぁ…」


離そうと思っても、しっかと掴まれた手は緩まる気配を一向に見せない。どうしようと立ち往生する私の前で、いつの間にかベッドに乗っていたシルクが景吾くんの頭の上で身体を丸めた。
そして未だ立ったままの私に「にゃあ」と少し間延びした声で鳴いた。


「負けたわよう」


苦笑して出来る限り腕を伸ばして電気を消す。掴まれたままの手に気をつけながら私もベッドに体を預けた。景吾くんのおかけでほのかに温かくなった布団が安心する。

冴えていた頭もしばらくすると緩やかな眠気が訪れ始めた。
前ならこんなに早く眠たくなる事はなかったのに。


(健康的な生活だなぁ)


未だ私を掴んでいる小さな手を包む。


(景吾くんのおかげ、かな)


テレビは見逃しちゃったけどね、と苦笑い。


――うとうとしていると懐かしい歌を聴いてるような心地よさを感じて、瞼を閉じた。


(…私も『明日』を迎えに行くとしよう)






【まるで歌にあわせた詞のように】
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