カチリ・

ぼんやりする頭の端でその音を聞く。定期的に低く唸るような音がし始めて、独特のニオイが鼻をかすめた。


(あー…このニオイ…落ち着くなー…)


ファンヒーターの音と共に少しずつ部屋が暖まり、寒さで無意識のうちにすくめていた肩の力を抜いた。
閉められたカーテンの隙間からは淡い光が指している。その光の先を追うと呼応するようにキラキラ光る髪の毛が見えた。


今日は日曜日。

景吾くんの幼稚園もお休み、私もお休み。
シルクは年中無休でお休みだ。


(久しぶりの一日オフ…何しよかな…)


布団の中でその日一日のスケジュールを組み立てるのは昔からのクセ。いつもそうやって寝ぼけた頭を覚醒させていく。

しかし、ぼんやりと目の前のサラサラの髪を見つめたまま、私の頭は考える事を放棄していた。
無意識に手を伸ばした先には柔らかい髪。ほのかな光を受ける髪と、その持ち主はまるで


(天使…なのかもしれないなぁ)


冗談でも何でもなく、本気でそう思わせるくらいキレイな子。
多少の口の悪さは、下界の汚れから自らを守るための防衛手段なんだ。


(ああ、きっとそうに違いない)


自分の考えに納得して、また柔らかな髪に指を通す。


「う…?」


もぞ・と景吾くんが身じろぎしたので、そのままポンポンと背中をたたく。そうするといつも安心したように力を抜くから。
伏せられていた長い睫毛が持ち上がる。


「おはよう。天使さま」

「て、んし…?」


起きたばかりの頭ではもちろん何を言っているのか分かるはずもない。起きていたとしても、いきなりそんな単語を聞かされて理解できるはずもないか。

自嘲気味に小さく笑うと、景吾くんの小さな手が私に巻き付いてきた。


(小さいなー)


しかし、回された腕からは見た目よりも強い力が込められて。まるで離れる事を許さないような。
そう勝手に解釈して、勝手に嬉しくなって、回された腕に乗じて私も小さな彼を抱き締めた。


(いいにおい…)


子ども特有の香り。柔らかく、そして甘い香りがとても落ち着く。
胸にあった小さな頭が少し動いた。


「…ん?」


そこから発せられた言葉が聞き取れなくて、もう一度耳をかたむける。


「…なら菜緒は、マリアだな…」


そう一言呟くと、景吾くんは再び寝息を立て始めた。それでも回された腕から力が抜ける事はなく。

聖母マリア

私にはとても分不相応な名称。


ああ、それでも


「あなたが必要としてくれるなら」


胸で眠る小さな天使にそう囁いて、私もまた柔らかな波に身を委ねた。






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