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パタパタと軽い足音が聞こえた後、冷えた空気を連れて、ドアが開かれた。
「菜緒、郵便きたぞ」
「取ってきてくれたの?ありがとう景吾くん」
寒い中、頬と鼻を赤くしてわざわざ取ってきてくれた小さな頭を撫でる。
「子ども扱いするなって言ってるだろ」
そんな事言いつつも撫でる手を払いのけずに景吾くんは腰に手を当てて胸を張った。
(あ、照れてる)
またここで笑えば坊っちゃんのご機嫌を損ねかねないので、ただ静かに微笑むだけに留めた。
「なんのハガキだ?」
隣へちょこんと座り、私の足元を温めている大きめの膝掛けに潜り込んでくる。郵便物が珍しいらしく興味津々でハガキを持った手元を覗いてくる。そんな子どもらしい態度が可愛くてつい頬が緩んだ。
この少年と一緒に過ごしてみて分かった事がいくつかある。
幼稚園児とは思えない口調と態度の裏には子どもらしい一面が隠されていること。
それを素直に表現出来ない不器用さを持っていること。まだまだ一部なんだろうけど、その一部を理解出来ただけで距離は一気に縮まったと思う。「菜緒?」
動かない私を不思議に思ったのか、景吾くんは綺麗な瞳で見上げてきた。
「なんでもないよ」
そう微笑みかければ、ほっとした表情で返してくれる。それがまた可愛くて、この子の事をもっと知りたいなあと思う今日この頃。
「郵便局からだ」
もうそんな季節か、一年の早さを感じるな。
「なんで郵便局から来るんだ?」
「年賀状の仕分けのバイトしませんか〜っていうお誘いのハガキだよ。私去年もしたから」
「仕分け?」
「うん、年末は仕分けで忙しいからね」
想像出来ないのか景吾くんは「ふぅん」とハガキを手に取った。漢字ばかりのそれが読めないからか、眉間に皺が寄っている。皺の寄っている眉間をツン・とつついた瞬間、イタズラな考えが浮かんだ。
そんな私の考えを知るはずもなく、まだ眉間を押している私の指を掴み、頬を膨らませて睨んでくる景吾くん。
私は近い距離にも関わらず小さな耳にコソコソと耳打ちした。
「あのね景吾くん。秘密の話なんだけど、誰にも言わないって約束できる?」
「当たり前だろ」
きょとんとした後、心外だと言わんばかりに凛々しい眉をキュッと上げる。この子ほんとに綺麗な顔してるなあなんておかど違いの事を考えてしまった。
「あのね…サンタさんっているんだよ」
唐突な発言に一瞬青い瞳が大きく見開かれたが、すぐに小馬鹿にした笑いが返ってきた。
「何言ってんだ菜緒。お前おっきいくせにまだそんなの信じてんのか」
「私も最初は嘘だと思ってたんだけどね、去年郵便局に行ってから信じるようになったんだ」
一層声を落として、さらに縮こまって告げた。
「年賀状を分ける前に、サンタさん宛ての手紙と普通の手紙を仕分ける仕事をしたの」
「…うそだ」
疑いの目をつきつけられるが、どうも完全には否定しきれないらしい。
「サンタさんの住所なんて皆知らないから、宛先を書けなくても郵便局がちゃんと届けるの」
「でもサンタ日本語読めないだろ」
いぶかしげな瞳の中にある小さな期待の光。私は必死で浮かんでくる笑みを抑えた。
「うん、だから代わりに絵を描いてる子も結構いたなあ」
「そうなのか…?」
思い出すように告げれば、頬を紅潮させて話を聞いている。どれだけかわいくない事を言ってても、やはりまだ子どもなのだ。
菜緒がニヤニヤ笑っている事に気付くと冷静な表情を繕った。
「フン。ま、おれは信じてないけどな」
「そんな事言ってるとサンタさん来てくれないよ?」
ピタ・と一瞬動きが止まったが、ハガキを見た後、鼻で笑った。
「おれはもう大人なんだよ」
あら、そんな事言うんなら今度から夜にトイレ付いてってやんないから。
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その日の晩。風呂から上がると何やらしている景吾くんの姿。
「景吾くん何やってんの?」
「べつに」
「そんな隅っこでいてないでこっちおいでよ」
「もう少ししたら行く」
「うん…?」
「…出来た」
「何?お手紙?」
「わっ!バカ!菜緒バカ!」
「二回もバカって言ったわねぇ…。で、誰に書いてたの?」
「…ひみつ」
「私サンタさんに出しといてあげようか?」
「だっ、誰もサンタに書いたなんて言ってないだろ!」
「ああ、そっかそっか。じゃあ明日郵便局行くからついでに出しておこうか?」
「絶対見るなよ!」
「分かってるよー」
…とか言いつつ、気になるのが哀しき人の性よねぇ。
シンプルな封筒の裏には歪んだ「あとべけいご」の文字。当の本人は呑気に私の部屋でご就寝済みだ。
(甘いな、景吾くん)
封筒はのり付けされてはおらず、中身を簡単に取り出せた。結局プレゼントは私があげるのだから当然の行為だ。
そう、そうなんだよ。
「…さて」
自分に言い聞かせて、取り出した中身を確認。
「…………なんだろ」
書いてあったのは、いや『描いて』あったのは何か生き物のようなもの。大きさの違う三角の耳、ヒゲ、長さの違う足、やたら直角に曲がった尻尾…
「……ねこ?」
そう呟いた後、初めて会った時の事を思い出す。
「うー……ん」
猫を飼うのは別に構わないんだけど。
「景吾くん絵へたくそ…」
それでも胸にはほっこりあたたかいもの。
「可愛いなぁほんとに」
口元に笑みを浮かべて景吾くんの手紙を大切にしまう。
さぁ、サンタは君の望むプレゼントを用意しようか。
【猫で合ってればの話だけど】