ピンポーン・

それはとある昼下がり、一つのチャイムから始まった。


「はーい」


どちら様ですかー?間延びした声で訊ねながらドアを開ける。しかし開けたそこに人影はなかった。


「こんにちは」


聞き慣れないイントネーション。語尾上がりの声につられて目線を下げると、そこにいたのは眼鏡をかけた少し長めの髪の男の子。


「こんにちは」


にこ、と微笑みながらもう一度言われて目線を合わせるように膝を折り「こんにちは」と返す。


「今日隣に引っ越してきた忍足いいます。どうぞよろしくお願いします」


ぺこりと丁寧に下げられた頭に微笑みながら「よろしくね」と告げる。それにしても「おしたり」って珍しい名字。どんな字で書くんだろう。


「シノビアシて書くんですよ。珍しいでしょ」

「えっ」


驚いてオシタリくんの顔を見れば小さな苦笑。


「不思議そうな顔しとったから。それによぉ聞かれるんです。オシタリてなんやねん〜って」


身振り手振りで話す忍足くんに思わず吹き出すと「笑ろてくれた」と嬉しそう。
「忍足くん話し方上手だね。それにイントネーションも…。関西から来たの?」

「はい。あ、そや忘れとった」


ごそごそと持っていた紙袋から何かを取り出す。


「これ、お近づきのシルシにどーぞ。つまらんもんですが」

「わ!ありがとう」


受け取ろうとしたら、ちちち・と指を振られた。


「こんな時は『つまらんもんならいらんわ!』って返さな」

「あはは、なるほど」


さすが関西人!と妙に感心しつつ、受け取る。


「ぼく侑士いいます。忍足侑士。お姉さんは?」

「私は松月菜緒です」

「菜緒ちゃん。改めてよろしく」

「こちらこそ」


差し出された小さな手を握って握手。すると侑士くんはチラリと私の後ろを見て、もしかして、と呟いた。


「菜緒ちゃん弟おらん?俺と同い年くらいの」

「え、よくわかったね!」


侑士くんはふふっと得意気に笑って、玄関先を指さす。


「靴。俺とサイズ同じくらいの男もんばっか。そんで菜緒ちゃんの仕種で確信してん」

「私の?」

「そう。俺に目線合わせて屈んでくれたやろ?これ、子供に慣れてななかなか出来んねんよ」


まるで名探偵のようにズバズバ言い当てられて私はただ拍手をするばかり。


「すごい!すごいね侑士くん!」

「菜緒?さっきから何してんだ?」


私が出たっきり中々戻らないので不思議に思ったのだろう。

景吾くんがとたとたと軽い足音を立ててやって来た。


「景吾くん、こちら忍足侑士くん。お隣に引っ越してきたんだよ」

「どうぞよろしく」

「…よろしく」


にこにこと挨拶する侑士くんとは反対に景吾くんの眉間には微かにだけど皺が寄っている。景吾くんって人見知りしたっけ?

どこか不穏な空気が流れ、どうしようかなーなんて考えてる所で侑士くんがニコリと笑みを深くした。


「弟くん、あんまり菜緒ちゃんと似てへんのやね」


あ、話すの忘れてた。まあ確かに私の弟がこんな美形だなんて思わないよね。あはは、と心なしか乾いた笑いを溢しながら「違うの」と説明しようと口を開いたその時。

「弟なんかじゃねーよ!」


後ろから飛んできた大声にびっくりして振り返れば、顔を真っ赤にさせて息荒く立つ景吾くん。初めて聞いた彼の大声に開いた口が塞がらない。


「弟じゃ、ねーよ」


ギッと侑士くんを睨んだ後、景吾くんはそのまま奥へ引っ込んでしまった。玄関に残された私達はと言うと、ぽかんと口を開けたまま。


「あの、えーと…、俺いらん事言うたみたいやな」

「あ、ううん大丈夫大丈夫。実はね、」


と景吾くんを預かっている事やそれに至る経路を説明した。






侑士くんは思う事があるのか、まだ表情は浮かない。


「へへ、私の弟って間違われたのがよっぽどイヤだったみたい」


そりゃこんなお姉ちゃんなんてイヤだよねえ、なんて自嘲。あ、やばい。言葉にしたら結構へこむ。


「そうやないと思うよ」

「…え?」


いつの間にか落ちていた視線を上げる。侑士くんは申し訳なさそうに眉を下げ、それでも優しそうに細めた目で微笑む。


「きっとそうやない。でも俺はいらん事言うてしもたから。ごめんな、菜緒ちゃんはあの子の所行ったって」

「…うん、ありがとう侑士くん。またいつでも遊びにきてね」


おおきに。そう笑った侑士くんを見送る。家の事で、しかも小さい子に慰めてもらうなんて年上失格だな、なんて少し自己嫌悪に浸りながら景吾くんの後を追う。

景吾くんはソファの上で背を向けてクッションを抱きしめていた。

そろりそろりと近寄って隣に座る。景吾くんの顔は上がらない。


「景吾くん」

「…おれは弟じゃねえ」

「うん」

「…菜緒の弟がイヤなわけじゃねえ」

「うん」

「…でもなんかイヤだった」

「うん」


そっか。ぽつぽつと話す景吾くんの言葉に頷く。

まだ少し感情が昂っているんだろう。出てくる言葉の意味は繋がらなかったけど、自分を落ち着かせようとしているのが分かったからただ静かに頷いた。





でも「おれアイツきらい」の言葉に「なんで!?仲良くしようよ!」って言ったら「菜緒のバカ」って言われた。


なんで!?






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