とけていく
心地よいまどろみの中、ゆるゆると髪を梳かれる感覚。まだ頭は覚醒していなかったが少しも億劫ではなくぼんやりと瞼を上げる。
目の前には少し手を伸ばし、俺の髪を梳く菜緒ちゃんがいた。
「…どしたの、めずらしいね、はやおき」
もつれた所を解いていた手を取り、自ら頬に乗せる。男には無い、女性特有の柔らかい手の平はふにふにとしている。
すり、と擦り寄ると細い親指がそっと頬を撫でていく。すい、すい、とまるで形を確かめるようにゆるく動く指が心地よくて自然と瞼が下がってくる。
「…きもち、い」
寝起きのせいか上手く舌が回らず若干舌っ足らずになってしまったが菜緒ちゃんには伝わったのだろう。柔らかな笑みが浮かんでいる。
「佐助を愛でようと思って」
おいで、ともう片方の頬にも手を添えられて菜緒ちゃんと俺の間が繋がる。
薄くて白い膜のようなものが張られた頭は菜緒ちゃんの声だけが響いて無意識に腕を伸ばしていた。腰に腕を回して、細い肢体に体を寄せる。さらさらと流れるシーツの衣擦れの音が妙にクリアだ。
まるで幼子が母親にすがるように背を丸めてぴたりと体を寄せる。顔に触れる特有の柔らかさ。
薄い寝間着越しから伝わる体温がやたら恋しくて、ぎゅうぎゅうと顔を押し付けたら、菜緒ちゃんが腕を回し俺の頭を抱え込んだ。
寝起きはいつも高い菜緒ちゃんの体温も今日はそんなに高くなく、むしろ俺の方が高い。
多分俺が起きるよりも随分早く目が覚めていたんだろう。一度菜緒ちゃんに移った体温が再び自分に返ってきて、それを理解した。
男のくせに情けないと言われたら弁解出来ないけれど、回された細い腕や伝わる体温が優しくて、まるで彼女に守られているみたいだと思った。
「佐助、赤ちゃんみたい」
「…だめ?」
こんな風に甘えるのは駄目かな?そう問いかけるように視線を上げると、ちぅ、と可愛らしい音と一緒に額に柔らかい感触。
「私が甘やかしたいのよ」
だからあんたも付き合いなさい。そう言って頭を抱え直し、つむじにまたひとつ唇が落ちる。
改めて告げられると、じわじわと面映ゆさが湧いてきたけれどこれは他でもないご主人様の命令。従順なペットが逆らうはずもありません。
でも、たった一つだけ命令を違えるとするならば、
「俺も菜緒ちゃんを甘やかしたいんだけどね」
そりゃもうデッロデロに。
不意を突かれたようで緩んだ菜緒ちゃんの腕を絡め取って、そのまますっぽりと抱え込んだ。首筋に顔を埋めると大好きな香りが一際強く鼻腔に広がる。
「んん、いいにおい」
「くすぐったいってば」
人工的でないそのままの香りは甘く、そしてどこか赤ん坊の匂いを彷彿とさせた。
クスクスと笑う菜緒ちゃんの首筋を鼻先でくすぐれば、また楽しそうな声が漏れる。
「ほんと、あんた私の事大好きね」
「…それは菜緒ちゃんもでしょうがあ」
素直じゃない子にはこうだ!とキスの雨を落とせばご機嫌な「もー」が返ってくる。
さんざん二人でじゃれ合って、はふはふと軽く乱れた呼吸を整えていると不意に視線がぶつかった。
瞼をなぞれば素直に目を伏せる菜緒ちゃんの無防備なそこに唇で触れる。
もう片方も同じように唇で触れ、ゆっくりと開いた瞳に微笑んだ。
「溶け合えちゃえばいいのにね」
乱れた呼気はすでに整い、誘うように薄く開かれた唇にそのまま吸い付いた。何度も角度を変えて唇を重ねれば鼻から抜ける艶を帯びた声が所々で漏れる。
最後にちゅるりと吸い付いて舐めとり、頬を上気させとろけた表情の菜緒ちゃんを胸に閉じ込め抱き締めた。
「…幸せすぎて死んじまいそう」
「これぐらいで死なないでよ」
クスクス笑いながら背中に細い腕が回される。佐助、と名前を呼んだ菜緒ちゃんの唇が寝間着越しに触れ、動いているのを感じた。
…―でも、確かに幸せね
子どもをあやすように背を撫でる菜緒ちゃんの手はどこまでも優しかった。
この幸せな一時をずっとあなたと感じていたい。
「…で、時に佐助くん。パジャマの中に侵入していかがわしい動きを見せるこの手は何かな?」
「…えへ」
だって大好きなんだもん!