よるのおさんぽ
夜も更け、チープな特番をBGMにまったり過ごしていたら唐突に菜緒ちゃんが口を開いた。
「お酒飲みたい」
ソファに持たれかかりながら床に座っていた俺の髪を後ろからもてあそぶ指を止めずに「…かなあ?」と首を傾ける。
そこ疑問系なんだ、と苦笑したが菜緒ちゃんはあまり飲む方ではないので、ただ単純に身体が求めているであろう物の名前を口にしたんだろう。
買いに行こうか?とすぐ後ろにある柔らかい膝にこてんと頭を乗せて提案。
反対に映った菜緒ちゃんはご機嫌な様子で一緒に行こうよ、とゆるりと俺の髪を梳いた。
この時間ならコンビニしか開いてない。近所だし軽装でいいかと軽く上着を羽織った所で菜緒ちゃんとぱちりと目が合った。
「髪、跳ねっぱなし」
私のせいか、とクスクス笑いながら跳ねる髪を撫でてくれる。この距離とご機嫌な菜緒ちゃんに嬉しくなって、閉じ込めるようにこっそり両腕を腰に回した。
とん・と触れあったお腹や脚が温かい。
「へへ」
「…もう」
そう言いながらも目は優しくて、しばらくの間甘い香りのする首筋にごろごろとすり寄る。
コンビニが24時間営業で本当に助かる。
だって閉店時間気にしなくていいんだもん。
肌寒いかと思いきや程よい夜気が肌を撫で、空を見上げれば少ないけれど星がちらついている。
「もうすぐ夏ね」
「ねー」
「あー、でも熱帯夜とか考えたら憂鬱だなあ」
「…それでも俺様一緒に寝るからね?」
「………」
「なんで黙んの!?やだよ今さら一人で寝るの!」
「夏の間だけでしょーが」
「長いよ!」
えー!やだやだー!と聞き分けのない子どものように駄々をこねる俺を、心底呆れた顔で一瞥してから菜緒ちゃんはさっさと歩いて行ってしまう。
「ほってくなんて酷い!」追い付いて、小さな背中を逃がさないように上から腕を回す。そのまま回した腕に触れてきてくれたから、ぽて、と頭一つ分下にある菜緒ちゃんの頭に頬を寄せた。
菜緒ちゃんってば冷たい。
こんな一時でさえ俺は離れていたくないというのに。
微妙にリズムの悪い歩調で歩いていたら、ため息の溢れる音がした。
「歩きづらいし、外でこんなにくっつくのは非常識だと思わないかい佐助少年」
「んー?暗いし誰も見てないから大丈夫だって」
「あ、コンビニ着いた」
「ったく空気読めよコンビニ!」
ぺいっと簡単に剥がされて、菜緒ちゃんはサクサク入ってサクサク選んでいく。
ちょ、ほんとに泣きそう!
もういいもんと一人ぶーたれながら会計を済ませ、店員のやる気のない間延びしたありがとうございましたを背中に店を出る。
提げた袋が腿に当たり、ひやりと缶の冷たさが伝わってくる。ああ、俺の心まで冷たさに冒されそうだ。
膨れていたはずの頬はいつの間にかしぼみ、自分でも情けないくらいしょんぼりしていた。
「なんて顔してんのよ」
「…だって」
「そんなに手、繋ぎたかったの?」
あまりに頓着してない声色で言うもんだから思わず、むー、と見つめてしまう。
俺にとって菜緒ちゃんに触れる事はすごく重要な意味を持つのに。菜緒ちゃんは、そういう風に思わないんだろうか。
(…俺ばっかり追いかけてるよなあ)
仕方ない事だと思う。この位置関係もそうだし、何より最初に自らそう望んだのだから。
惚れた弱みというかなんと言うか。
男として見て欲しいと思わない事もない。しかしそうする為には今の居心地の良さを手放す覚悟が必要だという事も重々承知している。
それを考えるとすくんでしまう足に自嘲しか浮かばない。
不意に聞こえた菜緒ちゃんの声。
一人難しい顔をしていた俺に笑って、佐助、とまた名前を呼んだ。
「ほら」
おいで。差し出され手。望んだそれに、ジリ・と胸の焦げる音がした気がした。
手を伸ばし、そっと握る。柔らかに握り返された手がどうしようもなく愛しくて、この手を失う事を考えるなんてしばらくは無理だと、臆病な自分に笑った。
さ、早く帰ろう。