その時は優しく抱きしめて下さい



金曜の夜が好き。


洋画やるし、疲れで気だるく、それでもどこか浮き足だった世間の空気も嫌いじゃない。

なにより。

菜緒ちゃんを一番独占出来るから。



菜緒ちゃんは本当によく頑張る。毎日毎朝ピシリとキメて、ヒールを小気味よく鳴らして颯爽と仕事に向かう姿は我がご主人様ながらいい女だと惚れ惚れする。



帰ってきても月曜の夜はまだ余裕。火曜も水曜もまだ余裕。スキンシップも姉弟みたいな軽いもので、主に俺から。

寂しいなと思う反面、これはこれで安心する。


木曜の夜は少しだけ多くなる。菜緒ちゃんから触れてくるのが多く長くなってくると、思う。


(疲れてんだね)


こんな事で判断するのもどうかと思うけど、なかなか俺のご主人様は自分から言ってくんないからさ。


(もっと甘えて、もっとわがまま言って、もっと俺を利用すればいいのに)


俺は菜緒ちゃんの望む事ならなんでもするのに。自己犠牲とかそんなんじゃない。


俺が自らそう望むのに。


そんな時はただぎゅうと後ろから抱きしめる。伝わんないかな、伝わればいいな、そう込めて。


鋭い菜緒ちゃんのことだからきっと気付いている。それでも弱さを見せない彼女の気高さに感心して苦笑する。


だから軽口をたたいて「バカね」って笑ってくれたらそれでいい。


そして金曜日。


「さぁーすけぇー」

「はぁいはい」


タガが外れたように甘えてくる菜緒ちゃんを遠慮なく抱き上げてキスを送る。甘さを含んだ声に嬉しくなるけど、それは結構な疲れが溜まってる事を示していて。


(こんなになるまで頑張らなくてもいいのに)


そう思えども口にしない。結局俺が何と言っても菜緒ちゃんはきっとこのまま変わらない。なら俺はそんな彼女を支えればいい。ただそれだけのこと。

抱きかかえると、まるで赤ちゃんみたいに全身の力を抜いて体を預けてくる。

普段から隙のない彼女なだけに俺にだけ見せるそんな姿が嬉しくて頬が緩むのも仕方のない事だ。


「菜緒ちゃん、かーわい」

「ありがと」


頬っぺたに軽くキスすれば、微笑んでくしゃりと髪を撫でてくれる。それがまた庇護欲やら何やらのそそる顔なもんだから。


「菜緒ちゃん、襲ってもい?」


「今すぐ動物病院行って取るもん取ってもらうか」

「あっは、冗談」


いつもなら容赦のない頬っぺた伸ばしがくるけど今日は少しだけつねって、そのまま頬を少しだけ撫でた。


おかしいと思うのはそれだけじゃなく、普段なら帰って風呂場に直行するけど今日はそのままリビングへとのご命令。


先にご飯食べるの?と訊ねれば首を振り、ソファへ行ってとの事。珍しいなと思いつつもそれが菜緒ちゃんの望む事なら仕方ない。



着いたよと先に腰を下ろして、抱いていた菜緒ちゃんを隣に座らせようとしたら首へ回された腕に力がこもる。


「菜緒ちゃん?」

「佐助…」

「ん?なに?」


小さな声を聞き漏らさないよう耳を寄せる。ぽつりと菜緒ちゃんは呟いた。


「充電。ちょっと…疲れた」


ね、いい?


口ではそう訊ねているが腕は緩まず、むしろ離さないと言っている。顔を覗き見ようとしたらぐっと肩に顔を押し付けてしまった。


「いいよ。存分にどうぞ」

「…ん」


少しだけ腕の力が弱まり、反対に持たれてきていた上半身の重みが増す。触れ合った所から菜緒ちゃんの体温が上がってきたのを感じて苦笑する。


「明日休みでよかったね」


返ってきたのかわからない返事にまた笑って囁く。梳いた髪がさらさらと指の間を流れた。


「疲れたね。頑張ったもんね」


分かってるよ。知ってるよ。だから、


「ゆっくり、おやすみ」





―金曜の夜が好き。


華やかなハリウッドスターの出ていた映画も終わり役目を終えたテレビ画面も、暗闇のそれに映る二つの姿も、その腕の中にいる愛しい存在も、俺にだけ唯一見せる君のこの姿も、俺が一番君の傍でいる事を教えてくれるから。


「だから金曜って好きなんだ」





一緒に、ゆっくり、



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