飼い主を癒すのもお仕事です



手早くお湯を浴びて身体洗って、おでこ全開、キャミソールにショートパンツという完全家ルックに着替えてリビングに入る。

ご飯はすぐに食べられるよう準備されていて、テーブルに乗っているのは二人分。


「あれ、まだ食べてなかったの?」

「一緒に食べようと思って」

「だってこんな時間…」


時計を見ればとうに夕食時を過ぎている。先に食べてて、なんて言わなくても食べるだろうと思って何も言わなかった。

やだどうしよう、ヒドイ飼い主!謝ろうと口を開こうとしたらそこには満面の笑み。


「菜緒ちゃんと一緒に食べたかったんだ」

「でも、」

「一人で食べても寂しいし、菜緒ちゃん一人で食べさすのも嫌だし」


だから、待ってた。


そこには私を責める様子は一切なくて、むしろ嬉しさすら伝わってきて。


(…なんか、私感動してるかも)


なでたい。さわりたい。だきしめたい。
今すごく佐助を可愛がりたい!


「さす…!」


ぐぅぅ…


抱きしめようと腕を開いた瞬間、空気を全く読まない私の腹が盛大に空腹を訴える。

自分の腹の事ながら信じられず固まってると、佐助は肩を震わせながら私の腹をつついた。


「お腹は正直だねえ。さ、早く食べよ。俺様もうお腹ペコペコ」


ね、と笑って席に促される。しかし私は沸々と沸き上がるこの感情を発散させたくてたまらない。


せっかく食べずに用意してくれたご飯もすぐに食べたい。でも佐助を可愛がりたい。


二つの思考がぐるぐると渦巻いてはぶつかり合い、表情はむっつりと険しくなっていくばかり。

そんな私の葛藤もお見通しなのか、席の後ろに立った佐助の手が肩に置かれた。


反射的に振り向くと全開のおでこから小さなリップ音。


「食べ終わったらいっぱい可愛がってね、ご主人様」


約束だからね。そう言ってすり・と頬擦り。その行動に喧嘩真っ最中だった思考は治まり、一気に穏やかなものに変わる。

ペットの癒し効果というのは生半可なものじゃないなあ、なんてまるで他人事のように思った。





食べ終わって一息つく。お腹が満たされると生き物はとても大人しくなるから現金なものよね。

幸福感を抱きながらソファに身を沈める。背もたれに背を預けると軽い睡魔が襲ってきた。


まだ、だめ。寝ちゃ、だめ。


自分に言い聞かせて頭を上げると、足元には洗い物を済ませた佐助がちょこんと座っていた。


「菜緒ちゃん構って」


にこー、とそれはそれは嬉しそうに見上げてくる。

うわやばい。今佐助に耳と尻尾が見えた。構って構ってってぱたぱた振ってる、うわやばい。


「…もう!おいで!」


堪らず佐助を抱きしめる。佐助も「へへー」なんて嬉しそうな声で抱きしめられるから。


(ああもうバカ、可愛い!)


背の高い佐助でも膝立ち状態だと私の胸辺りしかなく、見た目以上に柔らかなオレンジの髪をわしゃわしゃと撫でた。


「菜緒ちゃん激しすぎ!」なんてセリフは今の私には届かない!



存分に撫で終わった後、ふーと長く息をはいて心を落ち着かせる。

佐助の腕は緩く私の腰に回されて、時折離さないとでも言うように力が込められた。
それを愛しく思いながら、また抱きしめる腕に力を込めて少し長めの髪を梳く。

気持ちいいのか佐助の顔が胸に擦り寄ってきたので、抱え込むようにして抱いていた頭にそっと顔を寄せた。人の頭を抱っこするのってすごく落ち着く。


「…私ばっかり癒されててごめんね」


ぽつりと呟くと頬の下の頭がもそりと動き、腰にあった腕が私の首に回される。

ぐいと近付いた顔。佐助は私をしばらく見つめた後、つい・と鼻同士をくっ付けた。


「俺も充分癒されてるけど?」

「えっ、いつ?」


だって私何も佐助にしてやれてない。自分の思うままに触って抱きしめて可愛がってるだけだし、佐助はそれにただ大人しく付き合ってくれてるだけでしょ?


気を遣ってくれているのだろうかと不安になりながら佐助を見れば、苦笑みたいな困った笑み。ほら、やっぱり気を遣わせた!


「菜緒ちゃんが撫でて触って抱きしめてくれる度に癒されてるよ。気付いてなかったの?」


おばかさん。笑って、鼻をむいむいと擦り合わせる。まるで犬同士みたい。


「俺さ、菜緒ちゃんが笑ってくれたらそれだけでいいんだ」


回された手が髪を梳き、頭を撫でる。

気持ちよくて、とろりと瞼を落とすと「口ちゅー出来なくて残念」と小さな声が聞こえて瞼に柔らかいものが当てられた。


…たまには口ちゅーも許してやろうかなあ、なんて思ったのは私だけの秘密。





飼い主も同時にペットを癒しましょう



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