途中経過を見てみましょう



「た、だい、まァー…」


力の入らない手で何とかドアを開け、へろへろした声で帰宅を告げる。

いつもなら自分で手を伸ばし点けていた明かりはすでに灯っていて私を暖かく迎えてくれた。

そしてそれ以上に暖かく迎えてくれる存在。


「おかえりー」


ぺたぺたと足早な裸足の音を聞きつつ、後ろ手でヒールに手をかける。それなりの高さから落ちたヒールがカコン・と間抜けな高い音を出した。


「おかえり、今日は遅かったねえ」


笑顔で迎えてくれる佐助。エプロン姿で緩く腕を広げている姿にほっと安堵の息をつく。


「ただいまぁ。もう今日は疲れたぁー」


うああ、と小さい子のようにぐずつきながら私がすっぽり収まる程に広げられた腕になだれ込む。全身を一気に預けても佐助の身体はバランスを崩す事なく私を容易く受け止め、膝下に手を入れて横抱きにした。

遠慮なく体重を預け、「疲れたお腹減った」とぐずぐず言いながら首に腕を回し、肩に頭を預ける。


「うんうん、頑張った頑張った。先にご飯食べる?」

「お風呂入りたいー」

「あいよ」


リビングに行こうと向いていた足が浴室に向かう。その僅かな距離でさえ私は佐助に全てを預けきっていた。


まるで彼氏、もしくは旦那のような存在に見えるかもしれない。しかし残念ながら私達はそんな甘い関係ではない。全くない。


ご存知の方もいるかと思うが、そう。私達はペットと飼い主の関係なのです。

ひょんな事から佐助を飼う事になり、ここで重要なのが「泊める」じゃなくて「飼う」っていう事。人間相手にその単語もおかしいんだけど、本人はペットがいいと言うんだから仕方ない。ほんと馬鹿なんじゃないのか。

最初は「飼う」という事に戸惑っていた私だったが、一度受け入れてしまえば何て言う事もない。


なんせ可愛いのだ。


本当のペットみたいに手を焼く事もないし、家事全般やってくれるし、


「菜緒ちゃん菜緒ちゃん」


ちゅ・ちゅ・とまるで飼い主に構って欲しいと懐くペットの如く、頬や額に軽いキスが落ちてくる。


―とにかく可愛いんですウチの佐助くん。


「菜緒ちゃん」

「はいストップ」


近づいてきた口を手で制す。ぷちゅ・と手のひらに柔らかい感触。


「甘いわね」


むー、と膨れた佐助の顔。甘い顔してたらすぐ調子のって口ちゅーかまそうとしてくるから油断出来ない。


手もかからない、家事もしてくれる。ただ一番手を焼きそうなのが躾だったりするから呆れたもんだ。


「今度ルール破ったらおしおきとして一緒に寝るの禁止にするから」

「それはいや!」


ごめんなさいごめんなさい!と、ぎゅうと抱きしめてくる佐助にバレないよう笑う。結局許してしまう辺り私も相当な馬鹿なのよね。

それに今さら別々で寝るなんて事になったら私の方が寝られないかもしれない。

そうそう、私達一緒に寝てるんですよ。もちろんそんな甘い蜜事なんてないけどね。当然でしょ。

朝がそんなに得意ではない私を起こすのも佐助の役目。いちいち部屋に出入りするのも面倒だからと半ば言いくるめられた気がしないでもないが、一緒に寝るのを許した。


そしたらこれがまた寝やすくて。自分のじゃない体温や気配って安心するのね。

それほど高くない佐助の体温が、寝る時に上がる私の体温と中和されて心地がいい。


「菜緒ちゃん体温高くなってきてる。寝るならお風呂入ってからね」

「ん〜」

「あっ、ちょっと、寝ないでって」


着いたよ、と浴室まで運ばれて下ろされる。脱ごうと服に手をかけようとして、後ろの気配が無くなってない事に気付いた。


「私風呂入るんだけど」

「俺も入るー」

「もぎり取るよ」

「何を!?」


ぎゃん!と飛び出していった佐助にため息ついて、もそもそと服を脱ぐ。



「ご飯準備しとくから、浴槽で寝ちゃダメだよー」



間延びした声がドアの向こうから聞こえて、さっき溢したため息も忘れて笑う。


「うん、お願いー」


同じように間延びした返事を返して、私は手早くお湯を浴びた。





ペットとの生活は順調です。


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