癒やしてあげます?



暖房器具がそろそろ要らなくなってきた季節。換気の為開けていた廊下へ続くドアの向こうからシャワー音が絶えず聞こえてくる。それをBGMにして、ぼんやりと思考に耽る。


(ご飯も食べたし、あとは何が出来るかな)


バランス、彩り、好み。全ての点において完璧なメニューだったと言ってもいい。しかしこれだけでは物足りないのも事実。どうすればもっと癒やされるか。


(菜緒ちゃんの喜ぶ事喜ぶ事…)


一週間頑張ってきた彼女に感謝とご褒美を込めて自分に出来る事はないか。脚の短いテーブルに頬杖をついて考える。いつの間にか眉間に皺が寄り、薄い唇はむくれてしまっていた。

ヴヴヴヴヴ…。

同じテーブルに置いていた飾り気のないシンプルな携帯が震える。常にマナーモードだがメールと着信の区別をつける為に、メール受信のバイブは極端に短く設定している。携帯は三度程震えて沈黙した。どうやらメールらしい。

緩慢な動作で携帯を開きメール画面に飛ぶ。

細かく分類された受信箱に最近追加された「コメント」というフォルダ。

その横に表示された未読メールの文字に歓喜と少しの緊張が入り混じる。指が震えるのも仕方ないだろうと誰にするでもない言い訳を残し、高鳴る胸を押さえて手早くメールを開いた。


(おお…!)


意外なところからアドバイスをもらった。今夜早速実践しよう。シャワー音が止み、風呂のドアが開く音がした。待ち人も来たしちょうどいいタイミングだ。


「あーさっぱりした」


濡れた髪を乱雑に拭く菜緒ちゃんを諫めるように睨んで手招きする。悪びれた様子も見せず、むしろ嬉しそうにトコトコやってきた彼女を自分の脚の間へ座らせた。


「もー、ちゃんと拭かないと風邪ひくってば」

「だって佐助がいるしー」


会話が繋がっていない気がする。そうは思ったが実際彼女の頭を拭いているので返す言葉もない。

背を向けて座っていた菜緒ちゃんが不意にそのままもたれかかってきた。乾ききっていない髪から水が滲み、胸辺りの服が湿り気を帯びる。


「こーら、これじゃ乾かせないでしょ」

「んんん〜」


ぐりぐりと後頭部を押し付け頭を支点に上を向いた菜緒ちゃんと目が合った。あどけない少女のような笑顔を見せる彼女に絆されて露わになった額に唇を落とす。

くすぐったいと喉を鳴らす菜緒ちゃんを緩く抱き締めて、逆さ向きのまま顔中にキスの雨を降らせた。

俺が彼女に甘くなってしまうなどいつもの事なのだ。


「菜緒ちゃん、ちょっとごろんして」

「なんで?」

「いいからいいから」


不思議がる菜緒ちゃんの背を押して、そのままうつ伏せに寝転んでもらう。ふふー、と笑みを隠さないでいたら「変な事したら怒るよ」だって。

え?期待されてる?と返したらお馬鹿って言われちゃった。ちえ。


「んっ…!」

「お客さん凝ってますねー」

「うあ…っ、きもちい…っ」


手の平で小さな背中をぐりぐりとほぐせば菜緒ちゃんから気持ち良さげな声が上がる。あ、なんかえっちい表現だなこれ。

多少ムラッとしつつも邪な感情は封印。男ってのは本当仕方ない生き物だよなあ。我が事ながら呆れちまうよ。

絶えず上がる鼻にかかった声に反応しないよう一心に背中を揉みほぐす。これは菜緒ちゃんを癒やすためにやってんだからね。

まんべんなく手の平を這わして凝った所を探す。

つん、と指が引っかかる箇所を発見し、筋肉に沿って程よい力を込め指でなぞり突き上げた。


「んんあああ…っ!」


ビクビクっ!体を震わせ軽く痙攣する菜緒ちゃん。え、ちょ、今の反応って。


「イ、イッちゃった…?」

「は?」


恐る恐る、だけど期待も込めて問えば、何を言ってるんだとばかりに返された。

…うん、ですよね。


その後もたびたび怪しい反応を突き付けられ何度も理性を試される事に。

うーん、ちょっと美味しい展開を期待していた所も正直あったが、まさかこんな事態になろうとは。

菜緒ちゃんは安心しきって身を任せてくれている。もし今おっぱいの1つや2つ触ろうものなら即座に女の子の刑決定だ。

そして何より彼女の信頼を失う事が怖い。

蛇の生殺しでもあるが恐ろしい未来を前にすればこの程度の我慢など何て事はない。そう自分に言い聞かせて手の平から伝わる菜緒ちゃんの柔らかさを堪能することに集中した。





「はー…気持ちよかったー、ありがとー」

「どういたしまして」
さっぱりした菜緒ちゃんと、心なしかげっそりした俺。うん、この笑顔が見れただけでも幸せもんなんだ。


体を起こそうとした菜緒ちゃんをもう一度寝かせる。今度は仰向けに。頭を俺の膝に乗せて。


「佐助?」

「顔マッサージも込めて化粧水塗ったげる」

「至れり尽くせりね」


嬉しそうに笑う菜緒ちゃんの両目をそっと手の平で覆う。閉じたのを確認してコットンに愛用の化粧水をいっぱい染み込ませ、つるりとした頬に貼り付けた。


「ん…、いつもと同じ事してるだけなのに、なんで人にやってもらうと気持ちいいんだろ」

「俺様の腕がいいからね」

「ふふ、そうだね。ありがと、嬉しいよ」


…きゅうん。

ああ、この人の側にいると胸が締め付けられて仕方ない。

一生の鼓動数は決まっているのに、このままじゃ早死にするのではないだろうか。それでも離れようだなんて微塵も思いはしないけど。


伏せた瞼に指先で軽く触れる。そのまま頬に指先を流して閉じた下唇の中心で止めた。

くすぐったいのだろう。菜緒ちゃんが口を開くその前に、そっと体を倒して唇を重ねた。逆さに重なり合う唇の隙間を埋めるようにして細かく角度を変えては吸い付く。

重ねるだけの簡単なそれは、ちゅ、ちゅぱ、といつもなら出ない稚拙な音を生んだ。しかし妙に煽られて、もっともっとと求めてしまう。

吸い過ぎて赤く腫れた唇をぺろりと舐めて名残惜しさ感じつつゆっくりと離れた。


「…これも、ごほうび?」


柔らく瞳を細める菜緒ちゃんから、熱を持った頬を隠すのに必死で俺は何も言う事が出来なかった。





誰に、何の、ご褒美だったかなんて。


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