楽しんでる主様



脚の短い机にかじりついて一心不乱に何か作業をしている少女。忍までとは言わないが、今まで同じ空間に足を入れたら直ぐに気付いていたのに珍しい事もあるものだ。

気心の知れた我が忍なら面倒とばかりに自分を無視する事も多々あるが。…改めて考えたらあやつは本当に不敬極まりない。

小さな背中がこちらに気付いた様子はなく、振り返る様子もない。それ程まで何に集中しているのか。


「鶴?」

「わあっ!?」


後ろから覗き込めば彼女の細い指は手の平ぐらいの紙を一生懸命に折っていた。その周囲に千代紙とは少し違う奇妙な柄の施された折り鶴が散らばる。

はて。声には出さなかったが顔には出ていたのであろう。紗智は今やっと気付いたように「ああ」と微笑んだ。


「要らない広告で久しぶりに簡単なくず箱を折ってたんですけど」

「折り紙が思いの外面白くなったのですな」

「はい」


彼女は照れた笑みを浮かべて頬を掻いた。存外簡単に言い当てられると気恥ずかしいものだ。頬を掻く反対の手で机に広げられた折り鶴や正方形に千切られた紙を後ろに隠そうとする前に一枚すいと抜き取った。


「ではこれはご存知か」


隣に腰を下ろし、黄色地で「特価」と赤く書かれた紙の角を合わせて折っていく。久しく折っていなかったが、案外指は覚えているようで淀みなく折り進める事が出来た。

幼少時、飽きもせず幾つも折っていた事を思い出して自然と口角が上がる。


「幸村さん?」

「出来ました」


小首を傾げて覗き込む紗智に誤魔化すように手の中のものを差し出した。確かに一人で微笑む様は不思議に映る事だろう。しかし彼女はそれ以上追求せず、目の前のそれに「わあ」と感嘆の声を上げた。


「すごい!お花ですね!」


八つの花弁を持つ円錐形の紙花。同じ花を幾つか作り、頂点を合わせるように糸を通すと球になる。幾つも折っては佐助に縫い合わせてもらったものだ。

確かに久しぶりにする折り紙は面白い。もうひとつ、と紙に手を伸ばした所で気付いた。少し手を伸ばさなければならない所にあった紙が二人のちょうど中間から自分寄りに置かれている。

淀みなく動く指と微かに緩んだ口元から俺が楽しんでいるのを察した紗智が位置をずらしてくれたのだろう。

先程もそうだが、紗智のさり気ない心遣いはとても心地が良い。本人は無意識なのだろうがそれが余計に彼女自身の本質を表しているのだろう。佐助が懐くのも頷ける。裏のない柔らかな笑みは疑心の強い忍すらも絆してしまうのだから。


「…紗智に敵う者はおらんのだろうなあ」

「え?すみません聞き取れなかったです」

「なに、無性に紗智を嫁にもらいたいなと言っただけだ」

「は、…いぃ!?」


ぼん!と一瞬で茹で上がった蛸のような顔で此方を見る紗智にひとつ微笑みを向けた。
ぱくぱくしていた口をぐっと閉じ、ふるふると細い肩が震える。

紗智は俺の笑みに弱い。己の容貌について特に関心はなかったが、わりと飄々としている紗智のこういう反応が見れる事についてはこの顔に産んでくれた母に感謝をしている。


「ほら、まだ折り足りぬであろう」

「あ、は、はい」


赤い顔で頭の上に疑問符を大量に浮かべる紗智に一枚手渡せば、腑に落ちなさそうにしつつも受け取った。素直な所も嫌いではない。


「やーらしーんだ!二人で何やってんの」

「佐助さん」


にゅっと飛び出る頭。
俺と紗智の間から顔を出した佐助の顔はどことなく不貞腐れていて思わず笑ってしまった。機敏に反応するは流石真田忍隊の頭。
しかしそう睨むな、仕方ないだろう。真田忍の筆頭として名を轟かすお前が悋気駄々漏れでやって来たのだから笑うなという方が酷だとは思わんか。


「折り紙してたんですよ。佐助さんもどうですか?」

「え…いいの?」


誘われて悋気に満ちた雰囲気から一転、ぷわわわと佐助の辺りに花が咲く。はい、と笑う紗智に佐助も嬉しげな笑みを見せた。
よかったな佐助、誘ってもらえて。しかしな佐助、俺の腹筋がそろそろ危険だそう笑わせるな。

様々な暗器を操る指がちまちまと紙を折っていく。またそれが俺の笑いを誘うのだが佐助の顔は真剣で、またそれを見る紗智の表情は柔らかい。

(…ふむ)

それはまだ向けられた事がないな。
お互い、自分だけが向けられる顔があるようだ。


「あれっ…!?佐助さん意外にぶきっちょ…!?」

「ここここんなの初めて折ったんだから仕方ないじゃん!俺様戦忍だしっ!は、刃物の使い方ならなんでもっ」

「だからと言ってこれは酷すぎるだろう…?」


端と端は合っておらず、折り目もよれよれ。凛とした羽根と嘴が魅力の折鶴は見るも無惨な仕上がりだった。


「もっかい!もっかいさせて!」

「こんなの慣れですもんね、はい」

「そう!慣れ!慣れなんだよ!」


必死に折る佐助と、然り気無く教える紗智達のやり取りを視界の端に捉えながら、こういうのも悪くない、そう考えていた。





楽しんだ者勝ちと笑う主様





(紗智、先程の話、忘れるなよ)
(えぇっ!?じょっ冗談だったんじゃ!?)
(誰が冗談だと言うた)
(えっ!?なになになに!?なんで紗智ちゃん真っ赤なのなんで旦那やらしい顔してんの!?)
(秘密だ、なあ?)
(ううう…)
(やだ!仲間はずれヨクナイ!)








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