色々考える主様



Q.2人を動物に例えるならば?

以前の私なら、つまりゲーム越しでしか彼らを知らない時の私なら「幸村さんは犬、佐助さんは猫かな」と答えていただろう。

じゃあ、今は?



居間にあるテーブルに頬杖をついて考えを巡らせる。普段あまり酷使しない頭は予想以上に働きが悪く、的確な答えが浮かび上がるよりも早く飛散してしまう。何度目か分からない飛び散った思考の欠片達に思わず舌打ちをした。


「虫の居所が悪そうですな」

「幸村さん!」


後ろから掛けられた声に慌てて振り向けば、くつくつと喉を鳴らして笑う幸村さんの姿。自身の眉間をトントンとたたくので、反射的に自分の眉間をぐにぐにと押し伸ばしたら、さらに笑い声を深められた。からかわれた、のかな?

む、と口をすぼめて見上げてくる紗智にこれ以上はまずいと察したらしい幸村は、手に持っていたビニール袋を掲げた。

出された袋に疑問を持たないはずもなく、なんですか?と首を傾げる。
ふうわりと鼻孔をくすぐる香ばしい香り。


「散歩をしていたら知り合いになった御婦人からいただきました」


受け取った袋を広げれば一層香りが強くなる。入っていたのはまだ温かいみたらし団子。

幸村さんは佐助さん同様驚くべき順応性の高さと好奇心の強さを見せ、どんどんこの世界の知識を吸収していっている。

多少言葉は堅いが、礼儀正しく凛とした空気を纏う彼。着物姿で堂々と辺りを散策する様はどこかの若旦那のよう。しかし子どものような純真無垢の笑顔というギャップに近所の奥様方が放っておくはずもなく、今やこの辺りではアイドルだ。

上の年代の方ばかりなので幸村さんがゲームのキャラに似ている事はおろか、ゲームそのものから出てきたとは思うはずもない。まあそれは誰だって考えないと思うけど。でもゲームを知っている人からすれば「真田幸村」というキャラに酷似した男前がいると騒がれてもおかしくはない。

それについては幸村さんも考慮して、出掛けるのはラジオ体操が流れる時間帯かゲーム認知度の高い学生達が学校に行っている間にしてくれている。故にご年配の方や奥様方への人気が集中しているという訳。

今日のお土産もまた、見事に心臓を撃ち抜かれた奥様から貰ったのだろう。本当に罪な人だ。

にこにこと人好きする笑顔を向けて「共に食べましょうぞ」だって。こうやって懐柔していくんですね。


「…さすが知将」

「お褒めに預り光栄ですが、何やら含みを感じますな」


む、と先ほどの私と同じように口をすぼめる幸村に誤魔化すよう笑って、テーブルを挟んで向かい側へ座るよう促す。

さっきまでの仏頂面はどこへやら。素直に座って、早速団子を頬張り、嬉しそうに咀嚼する姿は小さな子どものようだ。


(こういうところ見たら犬っぽいなとは思う)


「食べないのでござるか?」

「あ、いえ。ではお言葉に甘えて」

「うむ」


ぼうと呆けていたらいきなり顔を覗き込まれて驚く紗智をよそに、納得したように頷いた。

団子の入ったパックを差し出されたので一本取る。一瞬「男の人の前で大口開けるのはどうか」と躊躇ったが、目の前の人は団子しか目に入っていないようなので気にせず一口頬張った。


「あ、おいし」

「でしょう?」


ふふ、と顔を綻ばせる。それは子どもっぽさの抜けた大人の穏やかな笑みで。


「幸村さんは猫っぽいですよね」


無意識だった。突然の事に幸村も、言葉を発した紗智でさえ驚いている。
しかし紗智は、胸にあった疑問のパズルピースがようやく埋め込まれたような心地を味わっていた。


「うん、幸村さんは猫っぽい」

「それは…初めて言われましたな」


きょとんとしていた表情から一転、興味津々とばかりに瞳が輝いている。言外に「何故?」とにおわせる幸村にひとつ頷いて紗智は口を開いた。


「幸村さんはあまり私に近付かないですよね」


そこまで言って紗智が首を捻る。

これでは語弊がある。決してケンカを売りたい訳ではない。幸村は一時も目を離さず、じっと言葉を待っている。


「なんて言うか…拒絶する訳ではないけど、仲良くなりそうになったら少し止まって様子を見てるような気がして、それが猫みたいだなって思ったんです」


それは本当に些細なもので、不快にならない絶妙な線引き。意識していないといつまでも気付かないようなもの。その行為が、まるで目の前の人間を値踏みする猫を彷彿とさせた。

また明け透けな性格のように見せて、不意に見せる表情が何を考えているのか分からない所も猫のようだと思った要因かもしれない。


「ふむ…」


顎に指を掛け、思案していた幸村が頷く。気分を悪くさせてしまっただろうかと不安げな顔を見せた紗智に、「違いまする」と微笑んだ。


「距離を、測っておったのです」

「距離?」


幸村は団子に合わせて淹れた濃いめのお茶を一口含み喉を湿らす。紗智も倣って湯呑みを傾けたが、湯気が濃く昇るお茶はまだ熱く、ゆっくり湯呑みを置いた。

大きな反応をしないよう努めたつもりだったが目の前の人には見抜かれていたようで「大丈夫ですか」と微笑みを向ける。頬に熱が集まるのを感じ、笑って誤魔化した。


「…某が猫ならば佐助は何に見えるのでござろう」

「佐助さんは犬、かなあ」

「それは、何故」

「扱い辛そうに見えて、一度自分の懐に入れたらとことん!って所が、ですかね」


何もない時でも気付いたら幸村や自分の隣にちょこんといる所も、と続けようとして、これはあまり褒め言葉ではないなと口を噤んだ。


「あれは有能な忍故、某に不穏な輩は近付けぬのです」


幸村は静かに置いた湯呑みを見つめた。


「あちらでは少しの油断も命取り。未熟な某だけでは既に幽世を渡っておるでしょう。あれの『眼』は信用出来る。某が未だ現世に居るのが何よりの証拠」


視線を上げ、親指で、とん、と自らの胸を突く。幸村の鼓動の音が聞こえたような気がした。


「しかし、此方へ来てから見た事のない『眼』を見せるのです。それが某の判断を鈍らせる。あやつの『眼』が働かぬのなら某自身の眼で見なければなりませぬ」


一瞬、鋭く細められた双眸に貫かれたと思った。金縛りにあったかのように動きを止めた紗智に幸村は困ったような笑みを浮かべる。


「…ですが浅慮でした。あやつがあのような顔を見せるという意味を考えれば直ぐにでも分かった事。不快な思いをさせてしまいました。心よりお詫び申し上げる」


深く頭を下げる幸村。長い後ろ髪が肩の脇を流れる。一言も発せなかった紗智は、ハッと意識を浮上させ、慌てて頭を上げるよう声を掛けた。まさかこんな話になるとは夢にも思わなかったのだ。ただ、最初に抱いたイメージと違うのだと、そう言いたかっただけなのに。

しかし、心の奥底で何かを感じていたのかもしれない。幸村の口から遠回しながらもはっきりと「信用出来ない」と聞き、ショックが無なかったとは言えないが、逆に納得もした。当然と言えば当然だ。

自分は真田幸村という人物をゲームを通して知っている。知っている分、初対面の相手よりも信用出来るし信頼もしている。

しかし昔ながらの友人への信頼度と比べるには言わずもがな達しているはずもなく。お互いそれが当然なのだ。共に過ごした時間はまだあまりに少ない。

自分に置き換えて考えてみれば簡単だった。

湯気のくゆる湯呑みを見る幸村の表情も何処と無く穏やかに見える。ちらりと見えた、手元の湯呑みに映った自分の表情も。


「これから、ですね」

「これから、です」


ふふ、と笑いあう。ひとつめの分厚い壁さえ越えられれば後はただゆっくり歩いてゆけばいいのだと言わなくてもわかっていた。




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