飛び込んだ少女



玄関を開けた瞬間から違和感はあった。


「ただいま戻りましたー」


しん、と静まる自宅。自分の声だけがいやに耳に残っている。先ほどの違和感も相まって、返ってこない声に心臓がだんだんと早鐘を打つ。ひやりとした空気が頬をかすめ、ざわりと鳥肌が立った。


「佐助さん…?幸村さん…?」


居間へ続く扉を開けると、そこには何の影もなかった。実は意外といたずら好きな幸村さんの仕業では?とか、佐助さんも結構悪ノリしてる?なんていろんな事を考えたけれど、すぐに違うと頭を振った。あの主従は人をからかうのが好きだったけれど、一度として私が悲しむようないたずらはしなかった。
がらんどうとした部屋は広くて何だか寒い。反してじわじわと熱を持ち始める目頭はどうしようもない。やって来たのは突然だった。ならばその逆もまた然りだろう。こんな状況、嫌でもあの結論しか待ってないじゃないか。


「いたずらじゃない方がきついなんてタチが悪すぎますよ…」

「あ、紗智ちゃんおかえりー」


ガチャリとドアを開けて普通に入ってきたのは悪ノリ忍者猿飛佐助。ひゅるりと引っ込んだ涙も忘れて呆然と立ち尽くしていた私のことなどお構いなしに佐助さんは首にかけたタオルでガシガシと頭を拭いている。


「さっむ!紗智ちゃんなんでヒーターつけてないの?つけていい?俺様こごえそー」

「はあ…どうぞ…」


ボタンを押すとすぐにヒーターから暖かい風が吹き出す。ガスヒーター天才!出来る子!とか何とか言いながら。ついこの間までは「がす?なにそれ?」状態だったなんて誰が信じてくれるだろうか。
佐助さんは吹き出し口より少し右寄りに陣取って温風に当たっている。そのおかげで私のところまで温風は遮られずにやってきていた。暖かい風がゆるゆると思考を取り戻させてくれる。濡れているからだろうか。かすかに佐助さんの香りらしきものも届いている。ちゃんとここにいるんだと分からせるように。


「なんで濡れてるんですか。ていうかお二人してどこに行ってたんですか」


自分たちの世界に帰ったのではないと分かって一気に脱力してしまった。強張っていた肩から力が抜けると同時に、ふつふつと苦い気持ちが湧いてきて、つい語調がきつくなる。佐助さんは、飄々とした双眸を珍しく見開いて驚いた表情を見せた後、真っ先に「寂しい思いさせてごめんね」と謝った。一緒に浮かべる苦笑いに、今度は私の方が察して申し訳なくなってしまう。察した、というより思い出した、というべきか。私の家にやって来たからと言ってお二人を制限する道理なんて一切ない。いくら違う世界からやって来た人たちだからと言ってなんでもかんでも私に「お伺い」なんて立てる義務なんて全くないのだから。


「…あの、すみませ」

「次からはちゃんと紗智ちゃんも誘うから」

「…え…?や、…え?」

「たぶん大丈夫だと思うんだよねー。大の男二人が行けるくらいだから小柄な紗智ちゃん一人なら…うん、余裕余裕」

「え…っと…?すみませんちょっと話が見えないです」

「ん?一緒に向こう行かない?」

「向こう…?」

「うん、俺様たちんとこ。えーっと、なんて言ったっけ?あ、紗智ちゃんたちの世界で言うげぇむ?の世界」


ぽかんとするしかない私に「その顔見るの二回目ー」と、佐助さんの人差し指が私のアゴをくいっと上げる。ぽくん、と間の抜けた音がして閉じられた口を見て満足そうに頷いた。添えられた人差し指はそのままに、こてん、と首を傾げて、きゅう、と両口端を上げる。ああ、すごくいじわるな顔をしている。


「どうする?」

「…佐助さんって本当ずるい」

「え〜?」

「意地が悪いですよね」

「ひでえ言われようだなあ」


からからと笑う佐助さんの袖の端を、親指と人差し指でそっとつまむ。まだ袖はしっとりと濡れていた。寒くないのだろうか。いや、寒いだろう。さっき「寒い」って自分で言っていたし。

(急かさずに待っててくれるんだよなあ…)

そんな簡単に返事しちゃっていいのかな、とか、こっちの世界でのことはどうなのるのかな、とか、色んな疑問や不安が浮かんでくるのに。
まっすぐに見つめ返してくれる瞳の優しさや、袖をつまんでいた手を包み込んでくれる大きな手の安心感を知ってしまっているから。


「行きたい!です!」




廻り始める世界





(…佐助さん)
(ん〜?)
(あの、手、そろそろ離してください…)
(なんで?)
(なんでって…恥ずかしいので…)
(恥ずかしがる紗智ちゃんが可愛いので無理な相談かなあ)
(はっ!?ま、またそうやって人をからかう!)
(俺様はいつだって至って本気だけどねえ…)






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