日曜日の朝。手を繋ぐふたつの人影。
「はやくはやく!」と私の手を引くのは佐助。反対の手には丸いフォルムが可愛らしいぴかぴかのバケツに入った砂場セットが持たれている。

信玄さんから「プレゼントじゃ!」とおちびちゃん達に贈られたもので、早くそれで遊びたくて仕方ない佐助と一緒に縁側へ向かっている最中だ。

楽しみだね、と言えば、うん!と元気なお返事。

佐助と手を繋いだまま武田荘の横手からひょいと顔を覗かせる。あら?珍しく一番乗りみたい。陽当たりのいい武田荘の縁側はいつだってぽかぽかで住人達の憩いの場なんだけどな。


「菜緒ちゃ!いってきます!」


とつげきー!と元気に飛び出す佐助。向かった先は庭の真ん中にある小型の砂場。信玄さんのプレゼントを見て、「舞台も揃えねえとなあ」と元親くんが腕を奮った手作りの砂場だ。彼曰く「自信作!」らしい。そんなの言わなくたって元親くんが作るものは全部すごいのにね!

しゃくしゃくしゃく、と乾いた砂が立てる音は耳に心地いい。丸いほっぺを紅潮させてプラスチックのスコップで砂をすくっていく。


「お、早速だな」

「元親くん」


緩めのパンツに上は濃いグレーのニットカーディガン。プラス裸足に突っ掛けというオフ感満載の格好でやって来た砂場制作者。それでもどことなく決まって見えるんだからイケメンのナイスバディは羨ましい。

おはようと挨拶すれば、頭をがしがし掻きながら、はよ、とあくび混じりの声が返ってきた。元就に合わせて普段から健康的な睡眠時間(いや、全体的に少し前倒しな気もするけど)をとっている元親くんにしては珍しく眠そう。
隣に座った彼に、眠そうだね?と訊ねてみた。


「庭に置く新しい玩具の図面書いてたら、よ。いつの間にか朝になってた」


くぁあ、とまたひとつ大きなあくびをする。手で隠されなかった口は大きくて、狼のあくびってこんな感じかなあ、なんて全く関係ない事を考えてしまった。


「新しい玩具?」

「ん。小型の滑り台とかな。信玄のおっさんにも許可もらってるぜ」

「へええ!すごいねえ!…あ、」


に、と笑ってみせる元親くんのほっぺに鉛筆の煤がついていたので、ちょいちょいと拭ってあげる。む?と不思議そうにしつつも、されるがままの元親くん。

その姿が佐助達ちびっこと被るなあ、とこっそり笑ってしまった。


「とれた」

「おう、さんきゅ」


そのまま私達の視線は自然と砂場で遊ぶ佐助に向いていた。夏場よりもずいぶん柔らかくなったお日様の光が、キャラメルブラウンの尻尾の縁をキラキラ輝かせて周囲との境目を融かしている。まるで佐助を優しく包んでくれているみたいだ。

自然と頬が弛んでいくのが分かる。太陽に抱きしめられてるみたいじゃない?そう元親くんに言おうとして、止まってしまった。

愛しいものを見るように、柔らかに細められた瞳。普段から引き締まっている唇はほのかに弧を描いている。佐助と同じように融かされた元親くんの輪郭も輝いていて、すごく、綺麗で。

胸の奥から奥からとろりとした温かい何かが溢れてくるのを感じた。

くぁ、と元親くんがまたあくびをして奪われていた視線をハッと元に戻す。元親くんの目には涙が薄く浮かんでいた。


「寝てくる?」

「ん?…んんーそうだなー…」


でも何かもったいねえしなあー…と呟きながら、後ろ手をついた。伸びた上半身に暖かい光が降り注ぐ。たしかにこんな気持ちのいい日に部屋で寝るのはもったいない気がする。

…あ、そうだ。


「ちょっとここでごろんしなよ。私もしばらく居るし、少ししたら起こしたげる」

「…っふ、」

「なに?」

「ごろん、な。そうさせてもらうわ」


何を笑ってるんだろ?と首を傾げていたが、ようやく私の言い方に笑っているのだと気付いた。いつも佐助にこう言ってるんだもん!ぽろっと出ちゃったの!

でも、元親くんの笑みはからかっているものじゃないとすぐに分かる。そんな柔らかに細められた目で見られたら、くすぐったいような面映ゆいような気持ちになるから、やめてほしいなあ…。

赤くなったであろう顔を隠すように、むーと唇を突き出していれば、頭に大きな手がぽんと乗せられた。


「じゃあ、頼んだぜ」


座っていた位置から前にずれて縁側から足を下ろし、そのままごろりと横になる。

元親くんの頭は私の座っている位置より少しだけ後ろ。ゆっくりと上下する胸板。寝つきいいな…。いや、それくらい頑張ったんだろう。

すー…すー…と聞こえる静かな寝息。口は薄く開いていていつもよりも幼く見える寝顔に笑みがこぼれた。


「あっ、ちかちゃねてるー!」


砂場からやってきた佐助が大きな声を出したから、静かにね、と人差し指を唇に当てる。大きな耳を揺らして、こくこく頷きはするものの佐助の表情はどうにも楽しそう。いったいどうしたんだろ?


「しー。しー、ね?」

「え?う、うん」


佐助は持っていた砂場セットを地面に置くや否や、縁側から投げ出されている元親くんの足をよじよじと登り始めた。

そしてそのまま身軽さを活かして難なく上まで登ってみせる。ちょこりと元親くんの胸板に座る佐助。

佐助が軽いからなのか、元親くんが頑丈だからなのか、呼吸は一切乱れる事なくゆるやかに上下する胸板。胸板が上がったり落ちたりする度に佐助から「ふぉぉ…!」と声が上がる。

あああそんなとこに乗ったら元親くん苦しいでしょうが…!

しかし、私の手が伸びる前に佐助の上半身は倒され、ぺとりとくっついてしまった。

手を添えて、そっと目を瞑る。


「ちかちゃ…おっきいねえ…」


ほふ…、と小さく息をこぼす佐助の頭に大きな手が乗せられた。くしゃりと髪を撫でると、仔狐の喉がくるるる…と鳴る。二人の目は開いてなかったけど、口元はほのかに弧を描いていて。


こういう朝もいいなあ。そんな事を思いながら、胸から溢れてくるとろりとした気持ちを逃がさないように、私も寝転がってそのまま二人を横から抱きしめた。




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