「だぁれだん」
いきなり塞がれた視界と、耳の近くの聞きなれたオネエ口調。それから背中に当たるリアルな胸の感触にとりあえず私は絶句した。
「あらやだー、私の声がわからないのかしらん」
「・・・ヨザック、とりあえず一旦離れてくれる」
「あららノリが悪いわねー。どしたの、ご機嫌ナナメ?女の子の日?」
「それ以上言うとマジで蹴りいれるよ」
「冗談だったらー怒っちゃいやん」
何かいやん、だ。
手が離れて振り返ると、そこには予想外に女装仕様ではなく、まともな格好のヨザックがいた。
まとももまとも、今から舞踏会にでも行かれるんですかとでもいうような礼服に身を包んだ彼に、目が外せなかった。
「お、見とれてる?」
「なっ、違うわよ!何その服、さっきの何」
「ちょっとお仕事でね。はい、これ」
お土産、と言って差し出されたのは饅頭のような菓子。さっき背中に当たったのはこれらしい。
「ありがと。・・・その、」
「何?」
仕事って?
そう訊こうとして、口を閉ざした。訊いた所でちゃんとした答えが返ってこない事は今までの経験上知っている。
彼がどこでどんな仕事をして帰ってくるのか。
立場上口に出来ないのはわかっている。わかっているけれど。
首を横に振って視線を外す。と、突然頬に触れられてびくりとした。
「な、に」
青い目とかちりと視線が合って、なんとなく逸らせなくなる。
その目が言っている。そんな顔をするなと。
ああ、ずるい。口で言わないのだから顔にくらい出させてよ。
それで、少しくらいすまなく思え。
泣かないだけ、マシだと思え。
耳の下から顎のラインを、ゆっくりと撫でられてぞくりとする。
少しだけ口元を開かせて近付いてくる顔に、待ったと手で塞いだ。
「ここどこだと思ってんの、廊下よ?やめなさい」
「駄目?」
「駄目」
ぴしゃりと言えば、彼の目に悪戯っぽい色がうつる。
あ、絶対今何か企んだ。
口を抑えた手を掴まれた。そのまま、手の平に当たる唇が動く。
「な、ちょっとっ」
まるで口付けしているように動く唇。押し付けられたり、吸われたり。
うごめくそれが離れた時には、私は真っ赤になっていた。
してやったり、と笑う男。睨みつけてやろうとして、失敗した。
「馬鹿、もう、最悪」
「そうでもないだろ」
「・・・・・・」
「もう一度訊くけど、駄目?」
いいよ、と小さく呟いて、柱の影に隠れるようにして口付け合った。
色々と解消されないものもあるけれど、それはまた別の話。
交わす視線の間で伝える言葉を、今度も彼は受け取ってくれるだろうか。
『お仕事、頑張っていってらっしゃい』
END