オレンジ色の夕焼けが一日の最後の足掻きみたいに部室いっぱいに広がる。部室に置かれるには高価過ぎる椅子を斜めにして、窓の方を見た。
(日が落ちるのも早くなったなあ)
きっとこの調子だと帰る頃には自転車のライトを点けなくてはいけないだろう。ライトを点けたらペダルが重くなるからあまり好きじゃない。
カタン・となるべく音を立てないようもう一度床に足をつける。大丈夫かな、うるさくなかったかなと様子を窺う為に視線を上げた。
滞りなく走るペンとそれに同調してささやかに上がる硬質な音。どうやら跡部の邪魔にはならなかったらしい。
広い部室に長方形型に並べられた机。そこの中心、部長である跡部が座るいつもの場所へ座って彼は仕事をこなしている。
私はと言うと、少し離れた所でただぼんやりと座っているだけ。
手伝おうかとも言わないし、跡部も手伝えなんて言わない。
それは跡部が仕上げるからこそ意味があって、それ以前に私には何が何やらさっぱりなのだから手伝いようもない。
ただぼんやりと、切れる事なく鼓膜を刺激するカリカリという音を聞くだけ。
跡部は帰れとは言わない。私も帰るとは言わない。
行儀悪く椅子に足を乗せて膝にアゴを置く。いつもなら即座に跡部の叱咤が飛んでくるのだけれど今日ばかりは何もなかった。普段から聞いてるものが無いというのも寂しいものだ。
まるで夏の暑い日差しみたいに明るい夕焼けを見てふと思う。
いつから蝉は鳴かなくなったんだろう。
いつから鈴虫は鳴くようになったんだろう。
(夏も、終わりかあ)
そりゃあ日が暮れるのも早いわけだ。夏を告げる声と夏の終わりを告げる声が見事に入れ違いになったのを感じて、物寂しい気持ちになった。
ペンを置く音と、小さなため息。音のした方を見れば跡部が肘をつきながら額に手をあてている。一点集中型の彼だ。それは仕事が終わったという事を示唆していた。
「お疲れさま」
「…サンキュ」
私は用意してあったお茶と少しのお菓子を置く。跡部はお茶に手を伸ばし、身体中に染み込ませるようにゆっくりと飲んだ。
後ろに立っていた私は、跡部の椅子の背もたれにもたれるようにして立つ。ミーティングの時に跡部が使うホワイトボードに落書きしながら。
「跡部、今日も頑張ったね」
「おー」
「仕事いっぱいで目、疲れたでしょ」
「おー」
「頭マッサージしてあげようか」
「頭蓋骨粉砕しそうだから結構だ」
まー、失礼ねえ。なんて軽口たたいてたら背中に重さ。
「菜緒」
はぁい。返事の代わりに私も少しだけ、もたれる重さを込める。
とん・と背中に軽い衝撃。跡部のさらさらの髪が流れたのを感じた。
右手を伸ばす。後ろ向きからだとあまり伸びない腕を跡部は左手で少しだけ強く握って自分の頬に添えた。私が痛くないように。
「跡部って甘えるの下手だよね。もっと甘えればいいのに。忍足とか」
「んな気持ち悪い事出来るかよ」
そりゃそうだ。くくっと笑って、もたれる力を強くする。
「跡部、頑張ったね」
「…おー」
ふれ合った所は少しだけ熱く、心地よい鼓動が伝わってきた。
外はもう夜が顔を覗かせてきている。
夏が、終わろうとしていた。
甘え下手な君に、私だけは気付いて傍にいてあげるよ。
終わりと始まりの音を聴いた
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