お昼はずいぶん暖かくなってきたけど、朝はまだまだ肌寒い。
お布団から出ていた耳をぷるりと震わせて隣のあきちゃんにそっとくっ付く。ぴとりと体を寄せれば仰向けに寝ていたあきちゃんが寝返りをうって俺様の方を向いた。
あきちゃんもちょっと寒かったのかな。卵みたいに丸くなってぎゅうと抱き締めてくれた。
あきちゃんはあったかくて柔らかい。旦那もあきちゃんに抱っこされてたら気持ち良さそうにしてるもん。
旦那が抱っこされてる所を見たら羨ましくなるけど、俺様は旦那のお兄ちゃんだから我慢できるよ。
でも本当はちょっとだけ俺様も旦那みたいにあきちゃんをカプッてしてみたい。あきちゃんはね、ふわふわしてるし、いいにおいがするんだ。カプッてしたらきっと甘いと思うんだけど許してくれるかなあ?
うーん。声に出さずに唸ってあきちゃんにぎゅっと抱き付く。あきちゃんもぎゅっとしてくれて自然と喉が鳴った。
俺様ね、あきちゃんがほんとのほんとにすごく好き。
窓の外ですずめがぴちゅぴちゅ鳴いて、起きる時間だよって教えてくれる。もう起きてるよ、動物にしか分からない声で返事をしたら、了解って短く答えて飛び立っていった。
今はゴールデンウイークっていうおやすみなんだって。だからあきちゃんもお仕事おやすみ。あきちゃんといっぱい一緒!
いつもならまだ寝てる時間だけど、あきちゃんがずっと一緒だから嬉しくて目がさめちゃった。でもこれでもっと一緒にいられるよね。
「んー…」
「あきちゃ?」
「さすけ…今日は早起きだねー…」
「ん!あきちゃんとね、いっぱいいっしょにいるためだよ!」
「…んもー!このかわいこちゃんは可愛い事ばっかり言って!」
ちゅっちゅっちゅっ。おでことまぶた、ほっぺたに落ちるちゅうが気持ちよくて喉がくふくふ鳴る。
俺様もお鼻の先であきちゃんのあごの下をつんつんしたら「くすぐったい」って笑うから、いっぱいいっぱいつんつんしちゃった。
毛布にくるまるあきちゃんと、あきちゃんにくるまる俺様と。
あったかいと気持ちいいは仲良しだって知ってた?あきちゃんにぎゅうしてもらうとわかるんだよ!
くすくす笑うあきちゃん。その笑顔が嬉しくて、同時にあったかくなった「ここ」がきゅっとなるんだ。
そろりそろりと手を伸ばす。気付いたあきちゃんが内緒話をするみたいに背中を丸めて距離を縮めてくれたから、そのまま首に抱き付いた。
手を伸ばしたら応えてくれる。受けとって、当たり前のように返してくれるから、そのたびに胸がぎゅうとして鼻がツンとするのをあきちゃんは知らないでしょう?
手を伸ばす事は怖くないんだって思えるようになったんだよ。みんなみんなあきちゃんのおかげなんだよ。
「おれさま、あきちゃんすき」
「私も佐助すき」
「…えへへ」
笑いあっておでこをこつん。ちょっと恥ずかしくなって目の前の白いほっぺをつんつん。
そしたらいきなり指をパクッと食べられた。びっくりし過ぎて指を抜くのも忘れちゃってた。
伝わってくるのはあったかくて不思議な感触。あきちゃんは気にせず指をもごもご。
「お腹ふいひゃー」
だからって俺様の指食べないで!
「あさごはんなあに?」
「パンとーたまご焼こうかな。スクランブルと目玉焼き、どっちがいい?」
「めだま!」
「よし、じゃあベーコンも乗せてやる」
「うひー!」
嬉しい悲鳴を上げてあきちゃんのお尻に抱き付いた。危ないよーって言われたけど離れる気は全然ない。だって楽しくて仕方ないんだもん。
ふかふかのパンとこんがり焼いたベーコンの上に乗った目玉焼き。野菜のいっぱい入ったコンソメスープがお腹の虫を刺激する。
「おいしそう!」
「暴れないー。食べる前に何するのかな?」
「はい!おれさまわかります!」
ぱん!と元気な音を立てて手を合わせる。あきちゃんはにっこり笑った。2人で一緒にいただきます!
もぐもぐもぐ。
おいしいね、おいしいねって言いながら食べるご飯が好き。あきちゃんはあんまりご飯作るの得意じゃないって言うけど、俺様はあきちゃんのご飯が一番好き。
政宗がよくいじわる言うから、今度あきちゃんをいじめたら俺様がやっつけてやるんだ!
決意も新たに温かいスープを飲んでいるとどこからか小さな振動音が聞こえた。その瞬間俺様の心はみるみるうちに萎んでいく。
「あ、電話」
はいはーい、と言いながらあきちゃんはキツネのストラップが付いた携帯を開いた。「佐助に似てたから買っちゃった」というそのストラップはオレンジ色のころころしたキツネが揺れている。
ひとつボタンを押すと生き物みたいに震えていた携帯が大人しくなった。
耳にあてがわれたそこからかすかにだけど聞こえてくる声。政宗でもない、ちかちゃんでもない、知らない男の人の声。
小さな機械越しに話すあきちゃんが声に出さずに口を動かす。
『さきにたべてて』
黙って頷いて、お皿に残っていた目玉焼きをフォークで挿してゆっくりと口に放り込む。あんなにおいしかったご飯の味がよく分からなくなっていた。
あきちゃんは2回3回返事をして、わりとすぐに電話を切った。もう携帯からは何の声も聞こえない。
「お仕事先に行かないといけなくなっちゃった」
面倒くさいなあ。ぶつぶつ呟いて料理を片していく。俺様は少し前にごちそうさまをしていた。
「おしごと…おやすみじゃないの?」
「う〜ん、正確に言うとちょっと違うかな」
「あきちゃんいっぱいおしごとしてるのに?」
「うちは人手が足りないからね。でも今日はすぐ帰ってくるよ、忘れ物を取りに行くだけだから」
「わすれもの?」
「そ、お家でお仕事出来るようにね。私だってずっと佐助といたいんだから」
だからそんな寂しい顔しないで。あきちゃんは困った笑顔を浮かべて俺様の頭を撫でる。
「あきちゃ…」
あきちゃんも俺様の事考えてくれてる。あきちゃんも俺様と一緒がいいって。なのにわがまま言ってごめんね。
「じゃ、すぐ帰ってくるから」
着替えてお化粧をしたあきちゃんを玄関までお見送り。知らない人が来ても開けちゃダメだよ、と言うのはあきちゃんの口癖だ。
「あ、あきちゃあきちゃ!」
「なあに?」
ドアに手をかけたあきちゃんを呼んで袖を引く。屈んでと示せば、不思議そうにしつつも屈んでくれた。
「はいあなた、いってらっしゃいのちゅー」
ぷちゅっとほっぺたにちゅう。これは夫婦の「あさのぎしき」って言うんだって。テレビで言ってたのを覚えてたんだ。
「きをつけてね。わたしいがいにめをむけちゃやあよ」
よく分からないけど、こんな事も言ってた。たぶん、早く帰ってきてねっていうおまじないなんじゃないかな。
何故か苦笑をこぼすあきちゃんに今度は俺様が不思議そうにする番。何かおかしな事しちゃったのかな。
「…ありがとハニー。僕は君しか見てないから大丈夫だよ」
そう言ってお鼻の先っぽにちゅっ。いつもほっぺだから違う所にちゅうされると恥ずかしい。
慌ててお鼻を抑えると、あきちゃんはいつもみたいに笑って「行ってきます」とドアを開けて行ってしまった。