「あき!」
「怪我は大丈夫なのか!?」
「ぅえっ!?なんで知ってるの!?」
上杉病院から帰ってきた時には夜の8時を過ぎていた。騒がしくしちゃいけないよ、と両手に繋いだ2人に注意して、こっそりこっそり階段を上がろうとしたら予想外のお迎えに私が一番大声を出してしまった。
何か言いたげな2人の視線には気付かないふりをして、お迎えしてくれた政宗くんと元親くん、そして後からやって来た信玄さんに首を傾げる。
「謙信から連絡があってな。両手がその状態だと暫く不便であろう。手を借りれる者は多いに越した事はないと思うて二人にも伝えておいたんじゃ」
顎をさすりながら疑問に答えてくれたのは信玄さん。深い傷ではないが買い物の帰りは袋が食い込んで痛いだろうなあ、と所帯染みた、しかし切実な心配をしていたのでその心遣いはとても嬉しい。
感謝の気持ちを告げて深々と頭を下げたら、「娘を心配するのは当たり前じゃ」と目を細めてそう言って下さった。じわりと目頭が熱くなるのを感じる。うう…!信玄さんだいすき…!
「そういう事だから遠慮せずに何でも言えよ」
そう言って、右手に繋いでいた佐助を抱き上げる元親くん。抱き上げられ慣れている佐助はたくましい腕にお尻を深く乗せて、肩に手を置いた。その時、頬に佐助の手が触れたらしく、肩を竦めて夜風で冷えた小さな体を抱く腕に力を込めていた。
佐助もぬくぬくとその胸に寄りかかる。
「女がホイホイ傷作んな」
あほ、と悪態を付きながらも空いた右手を取る政宗くんの手は壊れ物を扱うみたいで、言外に感じる優しさに素直に頷いておく。普段は鋭い彼の目が穏やかに私を映すものだから、つられて表情が緩む。
馬鹿面、と曲げた指の背で額を軽く小突かれて、いつもなら腹の立つそれも今回は気にならなかった。
「こいつがそうか」
政宗くんの隻眼が小太郎を捉える。私の後ろに隠れていた小太郎がきゅっと服を掴んだのを見て、初対面でこの鋭い眼光は怖いよなあと密かに笑ってしまう。口振りからある程度把握してくれているんだと悟り、頷いた。
「で?」
「うん?」
「どうすんだこいつ」
「あー、うん、とりあえずうちに連れてくつもり」
政宗くんの視線から逃れるように隠れる小太郎の頭を撫でる。さらさらの髪が指の間を流れていくのを感じていると、ぱっと小太郎が顔を上げた。
向けられた顔には驚愕や動揺とか色んな感情がひしめき合っていたけれど、嫌悪の色は見えない。それに少し安堵する。政宗くんが何かを告げようと口を開いた所で、後ろから「それなら」と声。元親くんだ。
「うちに来いよ。元就だっているし、種類は違うが鳥同士仲良くやれんだろ」
な?と快活に笑って、ゆるりと佐助の背を撫でる。丸まって元親くんに抱かれる佐助の表情はこちらからでは見えなかった。
確かに今まで鳥類を飼った事がない私が預かるよりも、元親くんの方がいい環境を作れるだろう。この子の為にもその方がいいかなあと答えを出そうとしたら、いきなりきゅっと首が締まったので変な声が出てしまった。
「けほ、小太郎?」
軽く咽せつつ、締まった首もとに指を差し込んで緩める。後ろから小太郎が服の裾を引いたのが原因みたいだった。あわあわする小太郎に無事を伝えて宥める。
大丈夫だよ〜とほっぺを包んでふにふにしたら、ほうと息を吐いて落ち着いたみたい。
頬に添えた私の手をそっと握って、じっと静かに見つめてくる。動く気配のない固く引き締められた唇から伝えられる感情。
「やっぱりうちに連れてくよ」
そう言って2人の顔を見る。何故、と言いたげな表情をしていた。
「小太郎もそっちの方がいいみたいだから」
ね、と同意を求めて後ろに隠れる彼を見やる。眼帯コンビの視線を受けて恐縮したみたいだったけれど、おずおずと頷いてみせた。
「…あきがそう言うならそれでいいけどよ。何かあったら言え。な?」
「うん、ありがとう」
小さく微笑んで元親くんが佐助を抱き直す。
彼の首に回されていた佐助の腕に、微かに力が込められた事など知る由もなかった。