着替えと共に戻ると、感心しているのか放心しているのか紙一重な表情を浮かべている政宗くんと、小十郎さんの膝にちゃっかり乗っている幸村の姿が目に入る。
猫の時から既に面倒見のよかった小十郎さんは慣れた手付きで幸村を抱えていた。さすが小十郎さん。
まだ立っていた元親くん達を中に引き入れて廊下へと続くドアを閉める。廊下から入っていた冷気を遮断しただけでいくらか暖かくなったように感じた。
いくつか持ってきていた佐助の服。どれが元就に合うかなとチラチラ見比べながら頭に完成図を浮かべていく。
「これとか似合うんじゃね」
ひょいと手を伸ばしてきたのは政宗くん。二人共おしゃれニストの血が騒ぐのか元親くんも交えてつい盛り上がってしまった。
飼い主達の横では佐助が尻尾を嬉しそうに揺らして、わあわあ騒いでいる。
「よかった!うまくへんし、」
「我にさわるな」
乾いた音が響き、騒いでいた手を止めて反射的に顔を上げる。
向けた視線の先には少し赤くなった手を握る佐助と、右手を軽く上げ鋭く佐助を睨み付ける元就の姿があった。
静まり返る室内。一層力の込められた双眸に晒された佐助は訳が分からないとうろたえている。
「何がよかった、だ。かんちがいもはなはだしい」
「…え?え、だってへんしんできたのに」
「だれが言うた。だれがにんげんになりたいなどと言うたかもうしてみよ」
幼い彼から放たれる静かな怒気に気圧されて知らず知らずのうちに私は体を強ばらせていた。肩が竦み、元就から目を離せない。小十郎さんに抱き付いていた幸村が「ひにゃぁ…」と震える声を漏らした。
「我のうつくしいはねはどこへいった。このようなすがた、だれが望んだ」
「お、おれ、あきちゃ、に、きもち、つたえられるの、うれしくて…。みんなも、そ、そうかと」
「きさまのものさしでかってに決めるな」
肩と同じくらい声を震わせる佐助を一瞥し、元就は五本に別れた指を見る。小指から順にゆっくりと折って、最後に拳を握り締めた。
「我のきもちなど我ひとりわかっておればよい」
鋭利な氷を彷彿とさせる冷ややかな声が切り裂くように放たれる。それは佐助だけに向けられたものではない。
浮かれていた私たち飼い主に向けて言ったのだと直感した。
我関せずと温風を吐き出すヒーターの音だけが奇妙に流れていた。
「そりゃあ…悪かったなあ」
いつも通りの口調、だけど軽薄さを感じさせない声色で静かに沈黙を破ったのは元親くんだった。
彼は冷たい視線を向ける元就に怯む事なく目を合わせ、佐助の隣、元就の前に腰を下ろした。臆した様子が見られないのが気に食わないのか元就の眉間に小さく皺が寄る。
「確かにお前たちの姿を変えてまで話したいってのは飼い主の勝手なエゴだよなあ」
もう一度、悪かったと謝って元親くんは申し訳なさそうに笑った。
「佐助はそんな勝手な願いを喜んでくれただけなんだよ。だからそう怒んないでやってくんねーか」
お前にも悪い事したなあと佐助の頭を大きな手でくしゃくしゃ撫でる。既にいっぱいの涙をたたえていた佐助は零れないよう手の甲で拭って、ふるふると頭を振った。
その姿に「強いな」と微笑んで、再び元就と向き合う。元就は小さく唇を噛んで居心地悪そうに顔を逸らしていた。
「…元就には苦痛にしかなんなかったかもしんねーけど」
「……」
「でも、こんな風に話したりすんのって飼い主の夢でもあるからよ。お前と話せてやっぱ嬉しいんだわ」
「……!」
「困った飼い主で悪ィな」
苦笑を洩らす元親くんに元就は一際強く拳を握り締めて仄かに紅潮させた顔を勢いよく向けた。
「…きさまは!きさまはいつもそうだ!己のかってな言い分ばかりぬかしおって!」
「ああ、悪い」
「……ッ!もうよい!このさいだ、きさまへの日ごろのうっぷんを晴らさせてもらう!」
ふん!と鼻息荒く腕を組んで不遜に言い放つ元就に、しばらくぽかんとしていた元親くんはくつくつと喉を鳴らして「是非そうしてくれ」と肩を震わせていた。
唇をツンと突き出した元就は不機嫌そうだったけど、でもさっきよりもずっと子どもらしい表情に安心する。やっぱり元親くんはすごいなあ。
「あきちゃん…」
そっと腕に触れてきた佐助を膝に抱き上げる。大きな瞳がまた徐々に潤みだして、こらえていたものがぽろりと落ちてしまった。
それを隠すように胸に顔を押し付けてきた佐助のふわふわの髪をゆっくりゆっくり撫でた。