「いって!何しやがる!」


私の腰に腕を巻き付け、べえ!と舌を見せる。ほっぺをぷうと膨らませて、ぎゅうとしがみついてくる愛孤にキュンキュン激しく胸を高鳴らしつつも目線を合わせるように膝を折った。つやつやの双眸に私が映る。


「いくら政宗くん相手とは言え暴力はだめだよ」

「…はぁい」

「ん、いい子」


しゅんと垂れ下がる耳を撫でて、素直なお返事にいいこいいこする。暴力はだめ、それはきちんと教えないと。


「でも私をかばってくれたんだよね、ありがとう」


確かに暴力はだめ。だけど意味のない暴力を振るう子ではない事は私が一番わかっている。頭ごなしに怒るのと、その裏側にある気持ちを理解して怒るのでは意味が違う。

佐助の優しさが嬉しくて思わず表情を崩すと、「あきちゃぁん」とふにゃふにゃ鳴いて私の首に腕を回した。


「子どもの前で親の悪口は駄目だろ」

「…悪かったよ」


ぽつ、と零れた謝罪。もちろん私の耳にも佐助の大きな耳にもそれは届いて。


「おれさまも、けってごめんね」


仲直りした二人の頭を私と元親くんでそれぞれ撫でてたら「ガキ扱いすんな!」と政宗くんが元親くんに噛み付いていた。

その時耳が赤くなっていたのはまあ見てない振りをしておいてあげよう。





「おら、席座れ。ちゃんと手は洗ったんだろうな」

「はい!」

「あい!」


びし!と上がる二つの小さな手に「よし」と頷いた政宗くんが大きなお鍋をテーブルの真ん中に置いた。

先ほどの喧騒から程なくして出来たそれは湯気と一緒に美味しそうな匂いも立ち上げている。

佐助と幸村には小皿に取り分けてやって前に置く。今にも涎をこぼしそうな幸村に笑いつつ「じゃあ手ェ合わせろ」の政宗くんの音頭で同時にぱん!と乾いた音が上がった。


「いただきます」

「いただきまーす!」


いざ解禁と小さなフォークを握って飛び付く幸村。あち、あち、とはふはふしながら食べる佐助。どちらの面倒も見れるよう二人の間に座った私は一生懸命食べる姿に可愛いなあと顔を緩めながら政宗くん作のお鍋に舌鼓を打った。


「ん!美味しい!」

「当然」


フフンと得意気に鼻を鳴らす彼に「ですよねー」と返したら何故か怒られた。おざなりに言い過ぎたか。


「あちゅ」

「ほら幸村、落ち着いて。フーフーしてからね?はい、あーん」

「あー」


フーフーと冷ましてやってから短めに切ったうどんを、雛鳥みたいに口を開けて待っている幸村に食べさせる。むぐむぐしているほっぺたが可愛い。

ごっくんしてから、もう一回、と口を開けて待つ幸村に食べさせてやっているとそれを見ていた政宗くんから「へえ」と関心の声が上がった。


「あき手慣れてんな」

「そ、そうかな?」

「ほんとの母親みてえ」


不意に褒められて頬が熱くなったが嬉しい事に変わりない。へへ、と照れ隠しに笑ってみたら幸村と反対側にいた佐助がつんつんと脇腹をつついた。


「あきちゃん、おれさまも。あー」

「あれ?珍しい」


あーん、と大きく開いた口に食べさせてやると「んー!」と嬉しそうにもぐもぐする。


「あまえんぼー」

「んん〜」


聞こえない振りを見せながらも後ろでは尻尾が私に寄り添うように揺れていて、ささいなそれに愛しさが溢れた。


「…でー、もう今さら感があるけど二人共聞かないの?」

「まあ確かに今さらだよな」


白菜を咀嚼し終えた元親くんの言葉に政宗くんも頷く。言うまでもなく佐助と幸村の事だ。


「そう言うあきこそ詳しく説明出来んのか?」

「う…佐助が変身出来る、って事ぐらいしか」

「チビのくせにやるなあ佐助」


口ごもる私に呆れ顔の政宗くんと、すげえなあと褒める元親くん。

…なんと言うか、柔軟。意外にメルヘンな人だから受け入れもスムーズなのかなあ。


「幸村も佐助が変身させたのか?」

「ううん、だんなはちゃんとじぶんでへんしんしたんだよ」

「そうか!幸村、おめえもすげえぞ!」

「おー!」


わっしゃわっしゃとおちびちゃんズを撫でる元親くんこそが一番の大物なのかもしれない…!

妙に感動していると様子を見ていた政宗くんが箸を止めた。


「どんな姿であれ、あいつらならそれでいいんじゃねえか」

「政宗くん…!わっしゃわっしゃしてあげようか…!?」

「いらね」


ピシャリと跳ねのけられてムッとしながらも私の頬は緩んだままだった。


住人が、仲間が、この二人でよかったなあ…。





お鍋を囲んでの団欒。自分達の分を食べ終えた小十郎さんと元就はそれぞれ飼い主の傍らにちょこんと座っている。


「なあ、こいつらも変身しないかな」


小十郎さんの首元を撫でていた政宗くんが訊ねると佐助はこてんと首を傾げた。


「どうかなあ…?」


おいでおいでと二匹を手招きすれば素直に従う小十郎さんと元就。傍まで寄ってきた二匹を小さな腕でぎゅうと抱いてみる。


「…かわんない」


しばらく抱き締めてみたものの特に変化は見られない。唸りながら二匹の間に顔を擦り付ける佐助に元就は慌ててパタパタと逃げ出してしまった。


「………」


黙ってされるがままの小十郎さんから大人の余裕を感じてキュンとしたのは秘密だ。


「でも幸村も一晩経ってから変身してたし明日になってみなきゃ分かんないよ」


ひっそり小十郎さんを奪還すれば、ぐったりと胸にもたれかかってきた。ごめん小十郎さん。キュンキュンしてる場合じゃなかったね。





団欒から酒盛りへと移行するのも何時もの事。

元親くんの持ってきたアルコールで盛り上がる中、うとうとし始めたおちびちゃんズを寝かしつける為、席を立った。

完全に落ちた幸村と、まだ多少意識のある佐助を布団に入れる。ぽん、ぽん、と呼吸に合わせて布団をたたくと薄くまどろんだ佐助がぽそりと私の名を呼んだ。

豆電球の薄明かりを頼りに小さな手が私の手を握る。


「あきちゃ…」

「ん…?」

「おれさま、ちかちゃん、すき…」

「うん、やさしいもんね」

「まさむねも、いじわるだけど、すきだよ…」

「うん、…ちょっと口悪いけどね」

「こじゅろさんも…もとなりも…だんなも…」

「うん」

「あきちゃ…すき…」

「…うん、私も、大好き」


ふにゃふにゃと、でも確かに紡がれる言葉。握った手に少しだけ力が込められた気がして、そっとその幼い体を抱き締めた。

くふ、くふんと胸に擦りよる小さな頭を慈しみながらゆっくりと撫でる。

薄い壁の向こうから聞こえる先ほどよりもだいぶ抑えた声が心地良い。

その気遣いに、ふふ、と小さく笑ってしまった。



幸せだなあ、そう思った。



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