深々と絶えず落ちる雪は月無き夜を物ともせず輝いている。少なくとも縁側から見える景色は真白に包まれ、色だけでなく音までも呑み込んでしまったようだ。
襖を引けば刺すような冷気が流れ込む。
しかし火鉢の傍にいた為熱のこもった肌には丁度良い。
縁側に出て、汚れを知らぬ其処に無防備な片足を降ろしてみた。さくり、ともふわり、ともどちらともつかない音がして埋もれた足は一瞬だけ暖かく、次の瞬間には裂けるような痛みが走る。
引いた其処は言うまでもなく自身の足と同じ大きさの穴がぽっかりと空いていた。
まるで菜緒のようだ。
不意に浮かんだ彼女の姿。ああ、酷く懐かしい。
彼女は俺の初めての友だった。
幼き頃は様々な土地を転々としていた。家の存亡がかかっていた為致し方ないと今ならば理解も出来るが、当時は親しい友を作る事も、歳の近い者と話す機会にも恵まれず随分寂しい幼少期を過ごしたように思う。
人は適した時に適した相手と接触せねば上手く成長出来ぬ部分があると聞いた事がある。上手く成長出来ねば感情の発散も出来ない。俺はその負の循環へ片足を突っ込んでいた。
その時現れたのが菜緒だった。
音も無く現れ、ふわりと擦りよってきた彼女は真白の美しい猫だった。黒曜石の双眸と腹にある小さな斑が唯一彼女を侵す黒だったが、その不完全さがより白を美しく引き立てていた。
俺は彼女に救われた。
自分を映す瞳がある事。同じ言葉でなくとも問えば返ってくる声がある事。生き物が温かいという事。
何をせずともただ傍にいてくれる事がこのように幸せなものだとは知らなかった。
彼女は小さな体で俺を救ってくれたのだ。
しかしある日を境にぱったりと真白の君を見る事は無くなった。
秘密の逢瀬故に誰に聞く事も出来ず、日が昇ってから落ちるまで延々孤独に彼女の白を追った。だがとうとう彼女の姿を見るのは叶わなかった。
その後再び各地を転々とし幾年を送り元服を迎えた。
猫は気紛れで人では無く家に付くと言う。大方気に入った家でも見つけて其方に行ったのだと言い聞かせていた。
傍らに真白がいた頃の記憶が掠れ消えそうになり始めていた時、唐突に真実を知る事になる。
古株の女中の話だ。
やって来た野良猫を餌付けしようとしていた若い女中を叱り、昔もこうやって追い出した事があるとぽつりと零した。
何度追い立ててもやって来るしつこい猫。若君の私室へ潜り込もうとするものだから業を煮やし、見張りの兵に後処理を頼んだというものだった。
事実を知った時の感情の名を俺は知らない。
猫を無下に扱った女中と兵に。それでも会いに来てくれていた彼女に。何も知らずのうのうと生きてきた自身に。
誰を責めればよい。誰に責められればよい。
それは彼女だけが知っている事だった。