−作家「猿飛左介」は、その名の通り得体の知れない人物である。−

 

それが世間で知られる先生の評判。世間だけでなく編集部からの評判もそんな感じである。


- ペンネームはどういった由来が? -

- 「思い付いたものを色々いじったりして落ち着いたのがこれです」 -


「あ、ここ誤表記されてますよ先生」

「ほんとだ。『佐助』だと本名になっちゃうからやめて欲しいなあ」

「いじったも何も本名の漢字を変えただけですよね」

「でも嘘じゃないでしょ?それにこう言っておいた方が想像力を掻き立てるし」


持参した女性誌に載っていた「今月の気になる人」コーナー。小見出しの表記はあっているが、記事の中でひとつ誤表記があった。まあ、こんな事はままある。
人の名前間違えるなんて最低だよねえ、と言う本人は台詞のわりにヘラヘラしているし特に気にしていない様だ。

本当は腸煮えくり返っているが笑顔という名の仮面を被っている、と言われれば確かに得体が知れないというか恐ろしいなとも思うが、実は本人、表情のとおり至って気にしていない。
世間の評判と全然違う人なのだというのは、2年間この人の担当をしているうちに分かった事だった。


- 先生は、ミステリーやSF、官能、ホラー、時には青春ものと幅広いジャンルをお書きになりますが、どれが一番先生の本質を突いていますか? -

- 「本質…。どうだろう、どれも自分の中から出てきたものを手を替え品を替えで書いてるから、どれも本質であって本質じゃないのかも」 -

- 深いですね -

- 「深い、ですかねえ?(笑)」 -


「珍しく饒舌ですね」

「今回の人、畳み掛けるように聞いてくんだもん。これでも相当カットされてるよ。俺様頑張って答えたのになあ」

「へえー」

「あ、なに?やきもち?菜緒ちゃんやきもち?」

「………」

「わあ、『そんな事考えてすらいなかった』って顔された」

「よくお分かりで」

「そりゃ2年も付き合ってればねえ」

「作家と編集担当としてですけどね」

「またそんなつれない事言うー」


俺様の気持ちはいつ伝わるんだか〜、なんて言う人が、大あくびをかまして、お腹をボリボリかきながらコーヒーを淹れに行ったりしないと思う。


「好きですよ?私は」

「げえー、まじでえー?」

「嬉しくないんですか?」

「嬉しい嬉しい、ちょーうれしぃー」


コーヒーが落ちるのを待つ背中から、だははと照れのひとつもない笑い声。
こぽこぽこぽ…、と、いう音と一緒にコーヒーのいい香りが私にも届く。
妙なところでせっかちな先生は、淹れ終わったらすぐ飲みたいからといつもコーヒーメーカーの前で待機している。
だけど、せっかちのクセにコーヒーはいつも二人分だ。

分かりやすいようで分かりにくい。
分かりにくいようで分かりやすい。


いつでも仕事の話を進められるようにバッグから一冊の書籍とポップを取り出す。今度発売される新刊の最終チェック作業だ。

『猿飛左介初の恋愛小説』と書かれたポップを傍らに置いて、爽やかな色合いの表紙を開く。

上手く感情表現が出来ない男が初めて恋を知ったお話。

初めて他人に興味を持った。初めて他人を知りたいと思った。初めて他人を欲しいと思った。初めて自分にそんな感情がある事を知った。
初めて対峙する感情達に戸惑い、悩み、時には罪悪感すら抱きながらも、溢れる感情を認めて向き合っていく主人公。

器用なくせに不器用なその男をとても愛おしく感じられるこの作品が、今までの作品の中で一番好きだ。

中表紙を捲ると出てくる著者の名前を指先が触れるか触れないかの位置でなぞる。口元が自然と持ち上がっていることには気付かない振り。

この作品の感想を目の前にある背中に伝えたらどんな反応をするだろうか。

(おもてうらおもて)



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