例えば、俺様な人だったり我が儘な人だったり鬼畜な人がこの世にはいる。たまたま私の場合、相手が俺様で我が儘で鬼畜で、虎だったりするだけなのだ。


「手が止まっておるぞ」


言われて、申し訳ありませんと告げて再び手を動かす。膝に乗せられた頭からは見かけによらず柔い髪が揺れ、指の間をさらさらとすり抜けていく。その感触を人知れず楽しみながら、其処からちょこっと姿を見せるそれに触れた。


ひくりと反応する赤みの混じった黄褐色の耳。人の物とは形も違えば見た目も違う。
機能は同じでもどちらが高性能かだなんて一目瞭然だ。詰まる所それは虎耳であり獣耳というやつだったりする。

短毛の黒い縞に合わせて指を動かせばひくりひくりと気持ち良さげに震えるそれ。

耳だけ見れば可愛らしいのに、なんて口にしようものなら恐ろしい事が待っているので口が裂けても言えないが多少の溜息くらいは許されるだろう。


持ち主の了承も得ずに我が物顔で膝を陣取るその人は「紅虎」という珍しい血を引く一族の御方。

紅虎の一族は稀少も稀少で残す所この真田家だけになってしまった。

何故血が途絶えようとしているのか。諸説は沢山あり、その内の一つは名前から分かるように「虎」のような気質を持つ彼らはとても好戦的で昂りやすく、嬉々として戦場に向かっては鬨の声を幾度となく上げてそして鮮烈に散ってゆく。

寿命のせいではない短命。歴史に名を残す武人の中に紅虎の血を引く者も少なくなかったそうだ。


もう一つは繁殖力の弱さにあった。戦いのみを望み、種を後世に残すつもりなど毛頭ないのか、死に花咲かせる事こそが何よりとするのか。

その理由は定かではないが今の現状が現状なのであながち間違ってはいないのかもしれない。

紅虎の血を絶やさぬように、紅虎に関わる者、つまり私などはなんとかしてこの主人に落ち着いてもらいたくて毎日必死だ。


「幸村様もそろそろ奥方を娶られたらいかがでございます」

「またその話か菜緒。しつこいぞ」

「しつこくもなります。菜緒には御幼少の頃から幸村様に仕えてきた責任というものがありますから」


耳を撫でる手を止めずにそう告げれば、む、と口をへの字に曲げて睨む。しかし見慣れたそれが怖いはずもなく気にせずに続けた。


「日がな一日鍛錬か日向ぼっこばかり。たまには城下へでも行って娘の一人や二人引っ掛けてくる甲斐性を見せたらいかがです」


「そのように軽薄で面倒な事するはずがなかろう。何処ぞの風来坊でもあるまいし」


ふんと鼻を鳴らす幸村様。どうにもその方とは馬が合わないらしい。


「しかし口説かれて悪い気はしませんよ。それに前田様はどこか一途な感じが致しましたし。その違いが女心をくすぐるのかもしれませんわね」

「…お前、慶次殿に口説かれたのか」

「ええ、以前此方に遊びに来られた時に」


あの時かと顔をしかめ、主は喉の奥で低く唸る。


「…慶次殿が良いのなら慶次殿の元へ行けばよかろう」


ふいと顔を逸らしてしまった主に聞こえないよう何度目か分からない溜め息が零れた。



幸村様には主として、紅虎としての責があるように、菜緒にも侍女として、幸村様にお仕えしてきた者としての責があるのですなど、躯ばかりが大きい子供のような主に告げてもきっと意味はないのだろう。




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