ツイてない日というのはとことんツイていないものだ。昨日やった小テストは記号ばっかの選択肢形式でラッキーとか思ってたらまさかの解答欄一個ズレ、なんてベタな事をしでかしたし(満点すら予測してた分思い切り叩きつけられた)、奇跡とも言えるその失態に先生からは超絶笑顔で補習の命を下されるし(だからって教材を資料室に直しておけ、なんてのは補習の分と足したらやり過ぎだと思う)、せめてもの救いはどしゃ降りだった雨が帰る頃には止んでいた事。






「…だと思ったんだけどなあ」


夏を目前に控え、少しは長くなった日も傾きかけ雨上がりの夕焼け道を一人とぼとぼ歩いていたら、背後から聞こえた車の音とそれに続いて水の弾ける音。平然と去って行く車。見事に水をかぶった私だけがぽつんと残された。
あまりのツイてなさに腹が立つどころか失笑しか浮かばない。

止んだばかりで泥水じゃなかった事には感謝しようと乾いた笑いに反してびっしょり水を含んだ制服をつまむ。下が透けてしまってるが幸いこの通りに人気はない。

このままさっさと帰ろうと再び歩を進めようとした所で声をかけられた。


「あらら。派手にやられたねえ」


は?と後ろを振り返るがそこに人はいない。おかしいな、そう思って首を傾げるとこっちこっちとまた声をかけられた。



「君、今日はそういう星回りみたいだね」



ご愁傷様!と爽やかに笑うその人は塀の上、正確には塀よりもまた少し上に、浮いて、いた。
自分の目が信じられなくてパチパチと瞬かせてからガツガツと頭を叩いてみた。

もしかしたら視界からの情報を伝達する際に何か障害があったのかもしれない。


「えっ、ちょっ、大丈夫?そんな痛い事すんのやめなよ」


私の突然の行動を慌てて止めに入るその人。いや、人かどうかも怪しい。

だって彼の背中から、





「…羽根、があるように見える」





私の腕を掴んで止めさせ、安堵の息を吐いた彼は私の一言に「ああ」と何でもないように付け足した。


「そりゃ天使だから羽根の一つや二つはあるよ」


てんし。声にならない声で呟いた。ぽかんとする私に自称天使は夕日に負けず劣らず鮮やかな髪をさらりと靡かせて、たん・と軽く地面を蹴って塀に上がった。
今度は屈んでくれているので話しやすい。
それでも塀の上にいるんだから顔は上げなくてはいけないが。



「何で天使が…。あ、もしかしてさっき通った車に実は跳ねられてて本当はもう死んでるとか?」

「違う違う。いやあ君があまりにもツイてないからうっかり出てきちゃった」



ていうか意外に冷静だね?と首をちょこんと曲げる天使。

そうかな、と問うたら、そうだよ、と苦笑された。


冷静かどうかは分からないけど、常人には無い羽根とか見せられたら信じる他ないじゃないか。


「本当は簡単に姿見せちゃいけないんだけど、ちょっとしたお礼にね」

「お礼?」


いつの間に私は天使に貸しを作ったのだろう。聞き返すと彼は、すっと右手を上げ、指さした。



「あの角。わかる?あの角を曲がって帰ったら明日から良いことがあるよ」



彼のいうあの角とは普段なら通り過ぎてしまう角だ。住宅地だから別に角ひとつ曲がっただけで帰宅するのに支障はないけれど。


「そんな事だけで?」

「あら。天使様の有り難い助言を信じてないね。運なんてのは踏み出した足どちらかで決まっちゃうくらい繊細なんだぜ?」


曲がり角もまた然り。そう言って再び塀の上に立ち上がった天使は風に靡く髪をかき上げた。


「ま、信じる信じないは君の勝手だけどさ」


悪戯っ子のような笑みを浮かべて、ばさりと真っ白のそれを羽ばたかせた。

あ、と声を上げて、また問う。



「私、あなたに何もしてないよ」

「ん?してもらったさ」



何を?と不思議がっていると、ちょんと指をさされ、目で追った。


「目の保養」


それはそれは目眩のするくらい爽やかに微笑んで、いやん、と女のようにしなを作って両頬を隠す。

突っ込み所満載なそれを無視して真っ赤になって前を隠せば、ばっちり見ちゃったもーん、なんて憎らしい声が返ってきた。


「ま、お礼がしたくなったらいつでも呼んでよ」

「…はあ?」


何を言っているのか分からなくて睨み付けると、自称天使は自分の襟をくいくいと示して不敵に笑んだ。

それは見慣れたうちの学校の制服。



「明日っから楽しみだね、菜緒ちゃん」



そう言い、純白の羽根に包まれたかと思うとその真っ白の球体は軽い音を立てて弾けてしまった。


反射的に瞑った目を恐る恐る開けたら、彼の姿はきれいさっぱり無かった。


ひらひらと舞う真っ白の羽根だけが存在を証明していた。


落ちたそれを摘まんで、また歩き出す。



「…信じてやらない事もない」



小さく呟いて私はそこの曲がり角を曲がった。



A New Day



確かに明日から楽しくなりそうだ。




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