The man's theme tune is…


かの有名な人喰いザメの映画。そして誰もが一度は聞いたことがあるだろう、あのテーマソング。迫り来るサメの恐怖を更に煽るような低音と短調。

まさに今、そのテーマソングを俺の携帯が振動しながら奏でている。徐々に上がるテンポとボリュームが早く取れ!と言わんばかりだ。


「…もしもし」


映画好きの友人が面白半分で設定した‘ある人’専用の着信音。あまりにもぴったり過ぎる、と友人達と共に腹を抱えて笑った時は涙が出るほど楽しかったのに、いざ一人で聞いてみると違う意味で涙が出そうだ。…あとで元に戻しておこう。


『おう!竹左ヱ門!』

「八左ヱ門です七松先輩」





The man's theme tune is…






『おー、すまんすまん八谷!』

「竹谷です七松先輩」

『お前今暇か?』

「まあ…今日はもう授業ないんで、牛舎にでも行こうかと」

『そうか、じゃあ今から正門な!私車取ってくるから!』

「え?!ちょ、…どこ行くんすか?!」

『ホームセンター。資材欲しいんだ!』

「まっ、……」


まってください!という俺の言葉を最後まで聞いてくれることはなかった。今頃猛スピードで駐車場へ走っているだろう一つ上の先輩は容易に想像できた。クルリとその場で回れ右をして、牛舎とは反対側にある正門へと向かう。


正門へ着くとハザードを出して止まっている一台の軽トラがあった。窓から肘を出しているのは俺を呼び出した張本人。


「先輩ー」

「お、来たな。行くぞー」


助手席に乗り込めば、年がら年中健康的に日焼けした顔で嬉しそうに笑う。屈託ない笑顔。だけど、侮っちゃあいけない。この人、俺たち仲間内では‘暴君’なんて呼ばれていたりする。


「うぃーす…何で今日は軽トラなんですか」

「資材買いに行くからに決まってるだろ?」

「…最初から行くつもりだったんなら事前に言ってくださいよっ!先輩いっつも急なんですから!」

「えぇー?でもお前暇だろ?呼び出して来なかったことないじゃん」

「いやそうですけど…!そうじゃなくて、」

「細かいことは気にするな!」


いっけいっけどんどーん
と、変な節を付けながら鼻唄を歌う先輩は俺の話をまるで聞いちゃいない。相変わらず肘は窓から出したまま、慣れた手付きでハンドルを握っている。車内で掛かっている曲は俺が好きなバンドの曲。この人とは意外と趣味が合ったりする。


「あ、八左ヱ門」

「なんすかー」

「それ飲んでいいぞー」


それ、と先輩が指で差したのは助手席側に取り付けられたドリンクホルダーに収まっている缶コーヒー。運転席側にも同じものが置いてある。


「あ、ども。ありがとーございます」

「うん」


少し汗をかいた缶を手に取りプルタブを引く。空気が抜ける音。いただきます、と口にしたら先輩が笑うのが横目に見えた。くそ、かっこいいな。こういう気遣いをさらっとしてしまうから、暴君だのいけどん野郎だの言われていてもこの人は憎めないんだ。


「で、また何か作るんですか」

「ああ、再来週にまたイベントがあるからな!私も出店するんだ」

「へぇ」


先輩はデザイン工学とやらを学んでいるらしい。詳しくはよく知らないが木屑に塗れたり煤で汚れたり顔に塗料を付けたりしては何かを作っている事が多い、ような気がする。数ヶ月に一度、そういう手作りしたものを出店するバザーイベントがある。手作りならば何でもありらしく、出店者の作品はアクセサリーから家具、陶器まで種類は多岐に渡る。まあ、この人の店は木工細工だったり鉄の物だったり気分によって種類が変わるが。


「それ、日曜な」

「へ?」


そこに、何故かいつも俺がヘルプとして抜擢される。


「手伝って」

「えぇー!」

「なんで嫌そうなんだ!アイス奢ってやるから!」

「毎回殆ど俺に丸投げするからでしょ!ちゃんと先輩もやって下さいよ?!セッティング終わるまで他の店見に行くの禁止っすからね!」

「えぇー!」

「えー!じゃないっつーかアイスて!安っ!」

「いらないのか?」

「いただきます!」


下校途中の小学生がはしゃいでいたり、対向車線ではマイペースに走る耕運機の所為でちょっとした渋滞が起きていたり、至って平和な光景。窓を開ければ気持ちいい風が吹き込んできた。BGMもサビに差し掛かったので口ずさんでみれば、それに気付いた先輩がBGMをも掻き消す音量で被せてきた。いやいや、人が気持ちよく歌ってるっていうのに。それも大サビ。じと目で視線を遣ってみても本人は気持ちよさ気に熱唱中。しかも上手い。


「そうだ、八左ヱ門!」

「なんすかー」

「アイスはサーティーワンにしよう!」

「おお!トリプル頼んでいいですか!」

「いいぞ、頼め頼め!」

「おおお太っ腹っすね先輩」

「はっはっは、そうだろう!だから、イベントの時の運転お前な!」

「うっす!…え?えぇー…」

「うはは、頼んだぞ竹左ヱ門!」

「八左ヱ門です!」


再び二重になったボーカルを聞きながら、携帯を取り出す。狭い住宅街を抜け国道に出れば目的地まであと数分。忘れないうちに、携帯のスケジュール帳へ再来週の予定を打ち込んでおこう。



20120531
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