バレンタイン・デイ。誕生日、クリスマスと肩を並べる恋人達の文字通り甘い日。
恋する女の子も男の子も、気持ちが通じあった恋人達も誰も彼もが浮き足立つ、そんな日。だけど世間の甘ったるい気配に影響されない空間、それが武田荘。
「完成、かなっと」
バンダナを巻いたおでこに腕を充て、ふう、と詰めていた息をこぼす。実際汗はかいていないけれど、まあお約束の動作だ。
後ろでじゃれあっていたちびっこ達も、その声に反応してわらわらと駆け寄ってきた。
「ちょこ!ちょこらー!」
「わあ!まってまってだんな!」
「恐るべき速さのハイハイだな」
いの一番でやって来て、私の脚でつかまり立ちを試みるゆきくんは甘いものが大好き。だけど小さな彼がいくら頑張っても調理台の上は見えない。はうはうとキラキラお目々で見上げてくるゆきくんを抱っこした。少し遅れてやって来たお兄ちゃん2人も調理台の縁に手を掛けて覗き見る。
「ちょこ!おいしそー!」
「うん…!」
「ゆき、たえていーい?」
「みんなで仲良く食べようねー」
幸村の「ゆき、たべていーい?」には細心の注意を払って返事をしなければならない。「いいよ」なんて答えようものなら「全部」が幸村のものだと認知されてしまうのだ。
「ほいっ、先発味見隊!あーん」
「あー!」
「あーん!」
「あーん」
ぽいぽいぽいっと小さめに作った味見用のトリュフを大きく開いたお口に投入。もにゅもにゅ動いたお口がみるみるうちに弓なりに上がる。
「おいひい!菜緒ちゃおいひいよ!」
「うむ、もうひとついける」
「あっ、こらつまみ食い禁止!まーたーあーとーで!」
しれっと手を伸ばす元就に注意して、物足りなさそうに自分の指をくわえるゆきくんの手をさり気なく握る。指しゃぶりは卒業です!
ぷう、と膨らむ2人のほっぺ。可愛い顔したってダメです。私はそんなに甘くはないのだよ。
ぴん!と急に3人の肩が跳ねて、一斉に玄関の方向を見る。直後、間延びした「ただいまあ」の声が聞こえた。
「勇者達のご帰還かな。さ、みんなでお迎えしよ!」
「うわあ、今年も豊作だねえ」
「まあ、な…」
「さすがに腕が痺れたぜ…」
チョコひとつ貰えるか貰えないかハラハラする人もいれば、全くそんな心配をしない人もいる。武田荘の眼帯コンビは言うまでもなく後者だ。
どっこいしょ、と玄関に置かれたダンボール2箱。見事に詰まったチョコチョコチョコ。だけど2人の表情はお世辞にも浮かれているとは言い難い。貰い過ぎるというのも大変だなあ、と毎年この様子を見てるとしみじみ思う。
「ダンボール用意してたの?」
「いんや。見かねた商店街のおばちゃんが持ってきてくれた」
「まあ、おばちゃん達からもだいぶ貰ったけどな」
はは、と思わず笑みが漏れる。若い女の子だけじゃなく、商店街のおばちゃん達からも貰っちゃう辺りが政宗くんと元親くんらしい。見た目だけじゃないのだ、この2人は。
チョコを移動させ、ひといき。とは言っても小十郎さんも入ってみんなでじゃれ合ってるんだけど。
「もう見るのもうんざりするかもしれないけど」
人数分に小分けしたトリュフを乗せたトレイをテーブルに置く。それぞれに手渡せば返ってくる「ありがとう」と笑顔。
「疲れてるから甘いもんが嬉しいな」
「もう食べたんじゃないの?」
「菜緒から貰えるの分かってたからな」
そう言って政宗くんがぱくりとひとつ口に含む。そう言うこった、と元親くんも続いた。
ダンボール箱いっぱいに貰う人が今の今まで食べずに待っていてくれた。華やかなチョコに対して決して見栄えのしないチョコ。それを一番に、美味しそうに食べてもらえる事がどれほど、
(…だめだ、今絶対にやにやしてる)
緩んできた口元を隠すようにさり気なく下を向く。すると私の両サイドに誰かが座ったのが気配で分かった。
「菜緒」
政宗くんに名前を呼ばれて顔を上げる。前向いてろ。横から伸びた手が顎を軽く掴んで前に固定されたと分かった次の瞬間、両方のほっぺからリップ音が聞こえた。
「ふはっ、マヌケ面」
「俺らからのバレンタインな。有り難く受け取れ」
「…うわあ…もう…なにそれえ…」
うっかり赤くなってしまった顔を隠して俯いてしまえば両サイドから笑い声が上がる。不意打ちすぎるよとぼやけば、不意打ちは不意打ちであるからこそ面白いんだろうがと訳の分からない事を言われてしまった。眼帯コンビが揃うと本当とんでもないんだから。
2人をちょっとだけ睨むも私の視線なんか効く筈もなくて、にやにやした笑みを浮かべたまま。こんなところ、もし子ども達に見られたら恥ずかしいにもほどがあるっていうのに!
ぱたぱた手で扇ぎ、ようやく顔の赤みが取れてきたと安心だしたころ。
「菜緒、頬にチョコ付いてるぞ」
どうしたらそんな所に付くんだと、ほっぺを指し示す小十郎さんによって、また真っ赤になってしまったのは言うまでもない。
Chocolate
Kiss
Mark
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