最近猫を飼い始めた。
お隣の豊臣さんちの猫がたくさん子どもを産んだというので里親になって欲しいと頼まれたのだ。猫は好きやし、家にいる事が多いので断る理由もなく了承。
決して半兵衛さんの笑顔に言い様のない圧力を感じたなんて事はない。決して。
「なー、みっくん。そろそろ出てきいやー」
「なんだそのよびかたは!わたしには、ひでよしさまにつけていただいたみつなりというなが…!」
「あー、うん、三成くんやんな。ごめんごめん。そこんとこは謝るからさあ」
ほんまええ加減そこから出ぇへん?
脱力した笑みを浮かべて言う先は通販で買ったばかりの縦型4段ラック、の下から2段目。そこに体を押し込めて歯を剥き出して唸るみっくん、もとい猫の三成くん。
え?なんで猫と会話してるんかって?
それが私にもさっぱり。
うちに来た時からさくっと喋った三成。あまりに自然にするもんやから私もリアクション忘れてまず名前訊ねてしもたっちゅーねん。関西人の順能力を大いに発揮した瞬間やったね。
「ひとにたずねるまえにじぶんからなのるのがれいぎだろう」
誰が人やねんとつっこみそうになったが、まあ言う通りなので自己紹介しておいた。
豊臣さんちにはまだ言ってない。おたくから貰った猫お喋りしまっせ☆なんて言ったところで、そんな事あるわけないだろうと半兵衛さんに一蹴されるのがオチだ。見た目によらず優しい秀吉さんならバッサリ切り返すなんて事はしないだろうけど、信じてもらうのは難しい。
逆に、そうだよ知らなかったのかい?なんてサラッと言われても困るしな。むしろそっちのが腹立つしな。
特に支障はないので今んとこ言わない方向でやってます。
しっかし、このみっくん。なかなか私に懐きよれへん。撫でようと手を伸ばしてみれば逃げ、後ろから忍び寄れば振り向きもせずやはり逃げ、ならば正面から堂々と「抱かせろ!」と告げたら耳を真後ろに下げて思いっきり威嚇された。あれはさすがに傷付いたわ。
ていうか、きみが入ってるところに私ゲームのソフト直してたやろ…ってうわあ、めっちゃ散らばってますやん考えたらすぐ分かりますよねうわあ…。
さっきから棚全体もグラグラしはじめてるし。下の段にはゲーム本体を直してるから一刻も早く出て欲しいなあ…!
「みっくぅ〜ん…」
「きしょくのわるいこえをだすな!」
「はいすみません」
こんな問答をどれほど続けただろう。繰り返す毎にみっくんの毛の逆立ちは増すし、私の疲労も増すばかりだ。
一度は、これは持久戦だ!と張り合った事もあった。結局それも丸一日かかって、みっくんの意志の強さと言うか、頑固さを知る手立てになっただけやったし。
意志の弱さに定評のある私がよく付き合えたと思う。後にも先にもそれだけやけどな。
つまり、これ以上繰り返しても進展がない事を痛いほど理解しているので私が諦めるしかない。
ご飯はいつもん所に入れてあるさかいな、とだけ告げて、よっこいせと立ち上がる。掛け声はノリみたいなものだ。年のせいとかじゃない。
ローテーブルに置いてある通販雑誌を手に取りソファへ座る。家具を見るのが好きなので通販雑誌は愛読書と言っても過言ではない。あんまりかっこよくないから大声では言えませんがね。
みっくんの侵入防止のために今度は扉付きの棚でも買おうかねえ。いや、この子やったら普通に開けそうやな…。
そんな事を考えながら通販雑誌特有のやたら薄いページをペラペラと捲っていく。ドッグイヤーが多いのもご愛嬌やね。
なんかええもんないかなあ。ぼんやりと考えながら、ついうとうとしてたら不意に右の脇腹が温かくなった。なんやあ?と気だるげに視線を向けてみれば、そこには丸い毛玉がひとつ。
「わたしのあるじはひでよしさまただひとり」
「え?ああ、うん。知ってる」
「はんべえさまもそんけいするおかただ」
「うん、それも知ってる」
うちに来てからずっと言われている台詞だ。耳にタコが出来るくらいに。
「…うらぎりはゆるさない」
「はい?」
「わたしは!うらぎりを!ゆるさない!」
「うわ!急に大声出さんとってよ!」
鼓膜破れるかと思ったわ、とこぼせば、つり上がり気味の瞳が僅かに下がる。や、言葉のあややで?冗談な?と慌てて付け足せばすっかり黙り込んでしまった。あちゃー。
しかし裏切りて。なんや物騒な単語が出てきたなあ。みっくんも丸まったまま何も言わんし。
ちょっと心配になってホワイトグレーの毛並みにそっと手を伸ばす。いつもなら一気に毛を逆立てて歯を剥き出しで威嚇するけれど。意外にも難なく触れて、拍子抜けした。さらりさらりと指の間に柔らかな毛が流れていく。
あんなに必死になってたのになんやこの呆気なさは。と、ここまで考えてはたと気付く。そうか私は構いすぎやったんか。ひとつ分かればどんどん繋がっていく。そりゃ下心むんむんで迫られちゃ逃げたくもなるよなあ。
「なんかごめんなあ…みっくん」
「…なにがだ」
「んー…なんか、色々?」
「…はっきりしないこたえなどいらない」
「そかー」
ゆるやかな午後の日射しから逃れるようにみっくんがソファの背もたれと私の背中の間に顔を押し付ける。
撫でた背から微かなごろごろという震えに自然と私の頬も緩んでいた。
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