「ゆきむらさま、このこ、だあれ?」

「旦那ぁっ!この子だれなのさ!」


一斉に向けられた4つの瞳。思わず嘆息してしまうのも無理はないだろう。

つい先程の事だ。日課の散歩をしているところで木の股に横たわる仔狐を見つけた。柔らかそうな毛に包まれた腹は微かに動くだけで既に虫の息だと分かる。弱き者は生きられぬ世。これもまた自然の摂理なのだ。

今にも消えそうな小さな灯火を横目に特に何の感情も持たず過ぎ去ろうとした。

…のだが。

ほんの一瞬だけ目が合った。何かを訴えかけるような目が愛する妻の見せるそれと被ってしまったところで結果は見えていた。


「…今回だけだぞ」


ひくりひくりと上下する腹に手をかざす。自分の脚で立ち上がれるようにするだけ。そのつもりだったのだが。


「俺様?フフン!俺様は旦那からじきじきに力をもらったんだぜ!すごいだろ!」


腰に手をあて得意気に鼻を鳴らす小僧。もとい先程の仔狐。少し痩せている尻尾をくゆらせ、妻を挑発するかの如き表情で見下ろしている。挑発された本人はきょとんとしているが。

「ね!旦那!」と同意を求めてくる仔狐小僧に最早何度目か分からない溜め息が漏れた。

確かに力は与えた。しかしほんの少しだけ与えるつもりだったのに、あまりの空腹からかこの仔狐、俺の霊力をすすり取っていったのだ。まさか瀕死の狐相手にこのような事態になるなど想定の範囲外で、予定していた力の3倍程取られてしまった。

白狐稲荷である俺の霊力は僅かでも多大な力を得る。そう、ただの瀕死の仔狐を回復させ、人型にまで化けさせる力を与えるほどに。
なんたる失態。稲荷の名が泣くわと痛むこめかみを押さえると、反対側の袖を引かれた。


「ゆきむらさま…?いたい…?」


不安げに見上げてくる我が妻。幼いながらも自身を心配してくれるいじらしい姿に、ふっと口元が緩んだ。


「大丈夫だ。何処も痛くはないよ」

「ほんとう?」


両脇に手を差し込み、幼い体を抱き上げる。眼前まで上がってきた妻の顔には笑みがこぼれ、こちらもつられて微笑んでしまう。


「いたくないのおまじない、ね」


そう言って、ちう、と頬に口付けが落とされる。驚いて何の反応も出来ずにいると、絹を割くような鋭い悲鳴が轟いた。


「ちょっと!あんた何やってんのさあ!」

「わっ、わたしはゆきむらさまのおよめさんだから!い、いいんだもん!」

「はあ!?およめさんン!?」

「そうだ。俺の妻だ。何か粗相をすればすぐさまその毛皮を引っ剥がしてやるから肝に銘じておけ」

「だ、旦那ってば幼女趣味…」

「何か言ったか」

「ひィッ!」


きゃいん!と鳴いて仔狐の姿に戻った佐助は慌てて沿岸の下に潜り込んでいった。

その後ろ姿を見ていた妻が、「もふもふ…」と呟いたのを聞き漏らす筈はなく、小さな耳に囁く。


「まじないの礼だ。後で俺のを触らせてやろうな」


ぱあ、と笑顔が咲きほころぶ。ゆきむらさま!だいすき!と抱きついてきた妻の背をゆっくりと撫でた。


(俺以外の者を触らせる訳なかろうて)


悋気に濡れた我が心も愛しい妻相手では仕方ない事だと人知れず笑った。



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