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恋愛モノ、冒険モノ、ミステリ、ホラー、官能小説にまで手を出している俺が試しに書いた児童小説が児童小説文学賞なんて大層な物を頂いちまうんだから可笑しな世界だ。


小説家。武器はペンと紙。まあ今時の小説家である俺はパソコンで仕上げる訳だが。


物書きの世界には限度がない。俺はいくつもの「俺」を持っているし、いくつもの「俺」が貰った賞も様々だ。

締切を過ぎた事はもちろん無い。手を抜いた事もない。質の高い仕事をしてる自信もある。すごいですね、なんて言葉をよく受けるが俺からすればただ頭に浮かんでくる情景を言葉に直して書き起こすだけの単純な作業。

いつから書き始めたんだったかな。ぼんやりとも思い出せない記憶に閉口する。…誰だって一週間、一ヶ月前の夕食を思い出せない、それと同じ事だと無理やり言い聞かせた。


何故この世界に足を突っ込んだのか。理由は簡単、いつ頃か書いた小説がたまたまウケて、それなりに生活が出来る程になっただけ。相応に時間は取られるが、まあ仕方のないことだ。


(…それに)


リクライニング付きの椅子から腰を浮かせる。キャスターがきゅる、と些か奇妙な音を立てた。

向かったダイニングからは数分前にセットしておいたコーヒーメーカーから抽出されるコーヒーの滴る音だけが響く。完了を示すブザーが鳴ったと同時にスイッチを押した。瞬く間に静寂が響く。

大きめのマグに湯気の立つコーヒーを注げば少し強めの香りが広がった。取っ手の無いマグの上部を指先で掴み、シンクに持たれかかるようにして口を付けた。褒められた飲み方ではないが何しろここには自分しかいない。


(咎める人がいないという状況は人間を堕落させる)


しかし自分以外の人が同じ事をすれば間違いなく咎めるだろう。勝手なもんだと自分の想像に笑って、ずず、と淹れたてのそれを小さな音を立てて飲んだ。



俺はまだ一番書きたいものを書いていない。ずっと昔から書きたかったもの。いつかそれを書き上げる事だけを考えながら筆を取ってきた。


(全く、いつになるやら)


ふう、冷ます為か溜め息なのか分からないものを一つ吐いて、またマグに口を付ける。

ふとコーヒーメーカー備え付けのポットが目に入った。緩やかなカーブの耐熱ガラスのポットにはなみなみと入ったコーヒーがまだ優に二人分はある。何故いつも多く作り過ぎてしまうのだろう。結構長いこの生活でなかなか治らないこの癖。首をかしげながら、後で温め直して飲めばいいかと一人納得させた。





飲み終えたマグをシンクに置いて、仕事を再開させるかと首をひとつ鳴らす。ごきりと大きな音を鳴らしながら振り返ったその瞬間、有り得ない現象が目の前で起こった。





…パリッ






静電気がひとつ弾けた音がして、続けざまに幾つも同じ音が弾ける。無意識に耳を澄ます。弾けるだけだった音はだんだん大きくなり、ぽうと目の前で光の球体のような物が浮かび上がった。いきなりの事で呆気に取られていると、飛電膜を纏ったそれは少しずつ大きくなり今では耳をつんざく程の音を発しながら放電している。


(…なんだよこれ)


放電のせいか少なからず発光している球体に目を細めると中から何かの影が浮かび上がった。よく見ようと更に目を細めたその時、まるで落雷を思わせる程の轟音を立てて球体が弾けた。咄嗟に腕で顔を覆い身を縮ませる。





「嘘だろ…」





恐る恐る下ろした腕の先に広がる光景に愕然とした。


傷だらけの奇妙な恰好をした男女が一組、倒れていたのだから。





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