神籬の森




突き抜けるような快晴、しかし日差しは穏やかで暖かく、夏でも時折肌寒さを感じる土地故に珍しい日もあるものだ。

竜の治める国として申し分ない。あの蒼天を切り裂くように昇ればどれほど気持ち良かろうかと政宗は傍らに置いていた愛用の煙管を手に取った。

煙管は年代物にも関わらず新品と引けをとらない程磨き上げられ、むしろ年代物特有の味と貫禄が滲み出ている。未だ輝きを失わない自慢のそれに満足気に目を細めて馴れた手付きで火を付けた。

ぷかり。ふかして、ひとつ煙をはき出す。緩く昇っていく煙を目で追いながら、ふとその切れ長の目を細める。

しかし政宗の穏やかな心中を打ち消すように鋭い痛みが右目を襲った。


「ぐっ…!」


いきなりの激痛に右目を抑える。浅い呼吸を繰り返して落ち着かせようとしたのは、痛みと意識に関係なく警戒態勢を取る本能に向けて。

ぎちり。骨が軋み、皮膚が引きつる。
反射的に目を押さえていない方の手を見れば、甲の皮膚は魚の鱗のように割れ、光沢を持ち降り注ぐ陽光を受けている。青みがかった鱗が眩い。

しかし鋭い痛みはそう長続きせずに少しずつ小さく鈍い痛みへと変わり、政宗は深い息を吐いた。

皮膚も普段見慣れた色付き、質感に戻ったが、それでも右目周辺の違和感は拭えず脂汗が流れる。


「まだくれてやらねェ…」


右目を抑えて自嘲気味た悪態を吐く。鈍く疼く右目を抑える手には更に力が込められ、煙管を小振りの火種壷へ打ち付ければ感高い音が響いた。


「政宗様」

「…なんだ」


襖一枚隔てた向こうから聞こえた腹心の声に態勢を整え返答する。


「客人をお連れ致しました」

「入れ」


短い返答と共にすらりと襖が開く。其処には腹心と、見慣れぬ二つの顔がこちらを見た。


(ほう…)


一人は見るからに不健康そうな青白い肌と長い銀糸の髪を垂らした男。薄い唇は薄い笑みを張り付け、目は明らかに好奇の色を浮かべている。

その傍らには少女。男とは対照的な健康で快活な印象を受けるのは白磁を思わす肌が薄桃に色付いているからだろう。肩下まで流れる黒髪がよく映えている。額で揺れる前髪下の双眸には好奇と、そして同等の疑問が浮かんでいる。


「…で、どっちがその噂に名高い神籬様だ?」

「あ、はい」


挙手した少女にふぅんと返し、もう傍らに視線を向ける。気付いた男は先程まで浮かべていた薄い笑みではなく、質のいい気品すら漂わせる笑みを返した。


「私はただの付き添いですよ」

「付き添いだあ?」

「ええ。この方を一人にするのは心配ですから」


添えられた言葉と笑みに棘を感じ、政宗は口端を小さく吊り上げる。蛇のような男だ。男はそれに気付いたのか気付いていないのか、ふうと芝居掛かった様子でため息を溢し、やれやれと肩を竦め少女を見た。


「一国の主の前で粗相などしないよう見張っておくのが年長者の役目ですから」


思いがけない振りに神籬は「はっ!?」と男を振り返る。


「粗相なんてしないし!」

「どうだか。あの鏡に甘やかされて育ってますからねえ」

「さっ、佐助はちゃんと外に出ても恥ずかしくないよう育てて、くれ、た…」


…のかなあ?と小さく疑問系に変わった語尾に、男は分かりかねますと平然と答える。

どうなんだろう、と真剣に悩み始めた少女は本当に全ての神が畏れをなす神籬なのだろうか。

様子を見ていた二人は素直に不安になった。奇妙な客人に政宗はがしがしと頭を掻きながら歯切れ悪く切り出す。


「あー…、別に多少の粗相なんざ気にしねえ。単刀直入に言うがちょっとばかし手を貸しちゃくれねえか」


手?と聞き返した彌生に頷いて、眼帯で覆った右目に触れる。硬い眼帯越しにも関わらず触れたそこから疼くような感覚。痛みを誤魔化すように小さく舌打ちした。

ふと視線を感じ、出所を辿れば神籬がまじまじと此方を見ている。押さえている右目だけではなく全身を。

政宗は彼女が何を疑問に思っているのか、次に口をついて出てくるであろう言葉に口元だけの笑みを浮かべた。神も畏れるという神籬がどれほどのものか見定めてやろうではないか。


「ねえ…」


少女の疑問が出会った当初よりも薄れ、確信に変わる。


「あなたは半分でしかないのね」

「…ハッ!見てくれは餓鬼でもさすがは神籬ってところか!」


煙管を火種壷に打ちつける。響く感高い音はまるで高揚しだした己を表しているかのようだ。

高揚する余韻の後に付いてきた静寂。そこに伊達家当主の低く、静かな声が静寂を破った。


「よく分かったな神籬。俺は半人半竜だ」


女は平然とし、男は口元に浮かんだ笑みを更に深くした。



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