ねえ、君はそんな僕を憎みますか?



何の前触れもなく私の夢に現れたその人。否、「人」ではなく、自称「夢魔」の幸村さん。オルガズムを糧とする彼は誰もが見惚れるベイビーフェイスなイケメンくん。

毎度の食事は選り取り見取りのフィーバーフィーバーかと思いきや、まさかの初心で女性に対する免疫がないと言うのだから驚きだ。なんだそれ。ギャップか。ギャップ狙いなのか。

なんて心の中で突っ込みながらも彼からすれば死活問題。あらまあ可哀想ですねえ、なんて思っていたら何故か私に白羽の矢が立てられた。え、私も一応性は女なんですけども。


「某は愛子殿で無ければならぬのです。故にお側に居る事をお許し頂きたく存じます」


凛々しい眉を下げ、大きく力強い双眸を細めたふにゃりとした笑顔は、その辺りのアイドルグループよりも眩しく、一般人の私の心臓を遠慮無く殴打する。朦朧とした意識で思わず「はい」なんて答えそうになったけれど慌てて自分を叱咤した。

なんせ一度、腹ペコな彼によって例のオルガズムとやらを腹いっぱい啜われた私は一晩気を失ったのだ。とてもではないが身が持たない。それに何時か干からびてしまうのではないのだろうか。ほら、やっぱり、「夢魔」、のお相手なんて。お約束でしょう?

怖いので、という言葉を避けつつ丁重にお断りをする。それに私なんかより可愛くて綺麗で男性経験の豊富な方はたくさんいるのだから。こんな十人並みを相手にしなくても、と続けた。自分の言葉に多少へこんだのは秘密だ。自分の事は自分がよく知っている。

両手をばたばた振り、拒否の意を示せば幸村さんの凛々しい眉根が寄って皺が出来た。あっ、ぼ、凡人のくせに俺の申し出を断るなんて生意気なって感じ、かな…!?


「ご自分の事をそのように卑下なさるのはお止め下され」


怒りでつり上がるかと思われた眉は予想に反して下を向く。だけど眉根は痛ましげに寄せられたままだ。

何故彼がこんな顔をするのだろう。ほかりと頬が熱くなる。いつの間にか幸村さんの手が添えられていた。


「…あ…っ」


ぞくり。背筋に軽い電流が走る。身に覚えのある感覚に冷や汗が流れた。そうだ、彼の体には。


「ゆ、幸村さ、はな、離れ、」

「離しませぬ。…愛子殿が何と卑下なされようとも某は…!」

「あああの、じゃあさっきの言葉は訂正しまっ…!?」


噛み合っているようでどこか微妙に噛み合っていないやり取り。何とか距離を取ろうともがいたのも虚しく、すっぽり体ごと腕の中に包み込まれてしまった。

頬、胸、腹が彼の厚い胸板に密着して、背中にも逞しい腕が巻き付いている。

ずくん。

脚の付け根が熱く疼いた。声を出すよりも早く体に流れ込む電流が、腰から背中を通り、一気に頭のてっぺんまで突き抜けていく。

…いや、人はこれを「快感」と表現するんだっけ。

そこまで考えて私の意識は真っ白に飛散していった。



腕の中で再び気を失ってしまった愛子を幸村は慌ててベッドへ横たえた。濡れた呼吸は熱に乱れ、僅かに開いた唇から漏れる。一瞬肝が冷えたが、上下する胸と呼吸を確認して安堵した。しかし、またやってしまったと落ちる肩はどうしようもない。


「…愛子、殿」


頬にかかった髪を払い、そっと手を添えてみる。んっ…、と切なげに眉を寄せて声を漏らした愛子には申し訳なく思いながら手を離す事はしなかった。つるりとした肌は手の平によく馴染み、まるで吸い付いてくるかのような気さえする。

触れたそこから伝わってくる彼女の体温と甘い極上のオルガズム。ちらりと横に視線を向けて目に止まったのは上下する双丘。滑らかな曲線を描き、見るからに柔らかそうなそれ。その頂きにある飾りは下着越しからでも分かる程に存在を主張していた。

彼女は俺の手で極まっている。

その確信は幸村の胸を熱く震わせ、同時に冷たく重たい心地にさせた。


「一度でも夢魔の手にかかった貴女は、二度と人間の手で極まる事はないでしょう」


だけど、それでも、俺は、


呟いた言葉が愛子の耳に届く事はなかった。


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